従来のペプチド単離は通常、UV検出を使用して実施されますが、質量検出を組み合わせた単離により精製プロセスがシンプルになり、目的のペプチドと合成や切断の間に形成された夾雑物とをより明確に区別できるようになります。質量検出は、複雑なクロマトグラムにおいてピークの同一性と同質性を評価するのに使用でき、サンプルスループットを向上させます。質量検出とUV検出の両方を備えた分離を開発することで、サンプルのより完全なクロマトグラフィープロファイルが確実に得られるようになります。イオン化しない化合物やイオン化が不十分な化合物は低波長UVで検出されることが多くなります。逆に、UV吸光係数が非常に低いペプチドは通常、質量検出で容易に検出されます。
ペプチド分離で一般的に使用される溶媒にはアセトニトリル、メタノール、エタノールおよび2-プロパノールなどがありますが、これらはすべてエレクトロスプレーイオン化法(ESI)およびその他の大気圧イオン化法で使用できます。しかしながら、一般的にはアセトニトリルで最高の分解能、選択性、ピーク対称性および効率が得られます6。またアセトニトリルは粘性が低いため、クロマトグラフィーで使用される場合にはLCシステムの背圧を低下させます。ESIでは溶媒の揮発性とプロトン供与能力の両方が重要です。揮発性有機溶媒はMSイオン源で形成される液滴の表面張力を低下させ、それにより良好なイオン化と感度の上昇が促進されます30。多くのペプチドはギ酸やトリフルオロ酢酸などの酸性モディファイヤーを使って分析および単離されますが、トリフルオロ酢酸は実際のところイオン化をある程度抑制します。分析法開発で正負の切り替えが必要な場合には、酢酸アンモニウムまたはギ酸アンモニウムの移動相が質量分析に適した望ましい選択肢です。高pHで分離が向上するペプチドの場合、重炭酸アンモニウムで調製した移動相が適しています。質量検出器における析出の可能性を低下させるには、揮発性バッファーを濃度20mM以下で使用します。
分取クロマトグラフィーでは検出器を特別に考慮しなければなりません。高濃度のピークはほとんどの検出器のリニアレンジを上回り、高流量は検出器ハードウェアに対応していません。質量分析やELSDなどの検出器は破壊的です。したがって、サンプルのロスを最小限に抑えながら検出器に到達する流れや濃度を効果的に抑える必要があります。パッシブフロースプリッターは、検出器に到達する前にサンプルを分割して希釈するために広く使用されています(図47および図48)。メイクアップ溶媒は分取流サンプルを希釈し、検出器へと運びます。
パッシブスプリッターは、特定のクロマトグラフィー流量範囲およびスプリット比で使用されるように作られています。スプリッター流路系は選択したカラムに適した流量と必ず一致していなければなりません。ピークが高濃度で溶出する場合には高いスプリット比を使用します。一般的に使用されているフロースプリッターとそれぞれのスプリット比を表6に記載します。
図47. パッシブスプリッター
図48. パッシブスプリッターの流路の模式図
スプリッター |
流量範囲 |
スプリット比 |
ターゲット |
205000435 |
0.5-2.0 |
15:1 |
4 mm |
205000436 |
2.0-8.0 |
100:1 |
10 mm |
205000437 |
8.0-30 |
1,000:1 |
19 mm |
205000438 |
8.0-30 |
5,000:1 |
19 mm |
205000439 |
30-100 |
5,000:1 |
30 mm |
205000440 |
100-150 |
10,000:1 |
50 mm |
表6. ウォーターズが提供しているパッシブスプリッター
パッシブフロースプリッターの代わりになるアクティブスプリッターは、プログラムされたスプリット比と等しい割合で分取流を機械的にサンプリングします。サンプリングされた流れはその後、メイクアップ溶媒により希釈され、検出器まで運ばれます。しかしながら、アクティブスプリッターはベースラインに影響を与えることが多く、さらに機械的摩耗が性能を頻繁に低下させます。パッシブフロースプリッターとアクティブフロースプリッターは分取流のサンプリング効率が同等であるため、使用されるスプリッターの種類はユーザーの好みにより決定されます。
特定の移動相およびモディファイヤーは、単離するペプチドの使用目的に基づいて選択されます。上記のように、移動相モディファイヤーはpHを上昇または低下させてペプチドのイオン性を調整する添加剤です。またペプチドの荷電側鎖および末端とイオン対を形成してサンプル疎水性を高める働きもあります。トリフルオロ酢酸は一般的にこの目的のために使用されます。イオン対形成によりペプチドと疎水性のカラム固定相との相互作用が高まり、その結果、分離の質が通常向上します。残念ながら、TFAと形成された強力なイオン対はエレクトロスプレーイオン化で使用される条件では簡単に離れません。その結果、ほとんどのペプチド分子はイオン化されず、シグナル強度が低下します。理想的には、最適なモディファイヤーとは、イオン対を形成してクロマトグラフィー分離を向上させながらも、エレクトロスプレーイオン化を妨げないものとなります。
Apffelらは、分析種とのイオン対形成でTFAと競合する弱酸をカラムの後で添加することを提案しました31。TFAのプロトン化に有利になるように競合を推進するのに十分な濃度の弱酸を使用することで、プロトン化されたTFAは蒸発し、分析種はより効率的にイオン化されます。MSシグナルの感度および強度は上昇します6。この目的のためには多種多様な酸をさまざまな濃度で使用できますが、質量分析計を組み合わせた精製におけるメイクアップ溶媒として0.1%プロピオン酸水/有機溶媒(1:1)溶液が使用されて成功しています32。
質量検出を組み合わせた精製では目的のペプチドの単離におけるあいまいさが低減しますが、フラクショントリガーにどの質量を用いるべきかを検討することが重要です。ほとんどの低分子単離の場合、同定で使用される主な質量はモノアイソトピック質量であり、その他の関連イオン付加物はこの値に基づいて定義され、モニターされます。ペプチドなどの高分子の場合、主な識別情報として平均質量が使用されることがあります。
モノアイソトピック質量は分子に含まれる各元素の最も存在量の多い同位体の質量を用いて算出されますが、平均質量は分子に含まれる各元素の自然に存在する同位体すべての加重平均を用いて算出されます33,34,35。そのため、ペプチドの場合、平均質量はモノアイソトピック質量より著しく大きくなることがあります。分子に含まれる炭素数が増えると、より多くの13Cが存在する可能性が高まり、その結果、分子量が増加します。さらに、モノアイソトピック質量は質量スペクトルにおいて最も存在量の多いピークではない可能性があります。モノアイソトピック質量または平均質量をいつ使用するかを定義するルールはありませんが、ペプチドトリガーでの平均質量の使用へと移行する分岐点としては分子量範囲1,500~1,700が一般的です。実際、利用可能な多くのソフトウェアプログラムではペプチドチャージ状態に関して平均m/zとモノアイソトピックm/zの両方を計算します。両方の選択肢をトリガーとして含めることが最も賢明です。トリガーのための最適な選択肢は、単離前のスクリーニング分析において明らかになります。
エレクトロスプレーは穏やかな条件でサンプルをイオン化して複数の電荷を持つ分子を生成する方法で、質量検出を組み合わせた精製においてよく用いられます。検出器の質量上限より高い分子量を持つペプチドもありますが、より小さなm/z値の多価イオンは通常、質量範囲に含まれます。溶液のpH、酸性官能基および塩基性官能基の数および分析で使用される溶媒の物理的特性など、複数の因子がペプチドの荷電状態に影響を与えます36。
上記のように、ペプチド単離プロセスは通常、分析から始まります。分子量および考えられる荷電状態が計算され、ペプチド産物を簡単に同定できるようにします。粗サンプルプロファイルでは高純度産物の単離につながる分離能の向上にはどの程度の分析法開発が必要になるかが明らかになり、分析から荷電状態に関する情報も明らかになります。図49に示す粗分析トータルイオンカレントクロマトグラムから得られたマススペクトルを検討します。算出されたペプチドの質量は1,772.9で、正電荷を持つイオン (1,773.9) は非常に少量ながらも存在しています。887.8の二価イオンは、圧倒的に存在量の多いイオンです。少量の三価イオン (592.3) および不純物 (781.2) もそれよりは少ない量で存在しています。マススペクトルでは多価イオンが存在しているにかかわらず、クロマトグラムではペプチドが単一ピークとして現れています。二価および三価のピークは予測どおり、抽出イオンクロマトグラムにおいて同じ時間に溶出しています(図50)。
図49. 粗分析TICから得られたマススペクトル
図50. 多価ペプチドイオンの溶出
多くの場合、ペプチドの多価イオンにより所定の質量分析で最も存在量の多い分子種を予測することが難しくなります。したがって、質量検出を組み合わせた精製を用いるペプチド単離のフラクショントリガーには予想される多価イオンが必ずすべて含まれていなければなりません。
ペプチドサンプルの複雑性、多価イオンの可能性およびペプチド長の増加に伴うモノアイソトピック質量と平均質量のいずれかを使用する選択肢のため、MSデータはコンティナムモードで取得しなければなりません。コンティナムデータでは質量軸上で分離されたすべてのポイントの観測強度を確認できます。特定強度のm/zを測定する上での統計学的不正確さが含まれます。次にこの未処理シグナルを処理して、重複している可能性のある各質量シグナルの強度を得ることができます37。これにより、非常に似たm/zの識別が可能になります。セントロイドデータは、マススペクトルにおいてイオンの各分布の単一中心データポイントを表示するように処理されたコンティナムデータで、マススペクトルでは棒で表現されます(図51)。
図51. コンティナムデータとセントロイドデータの重ね合わせ
以下の2つのペプチド(Research Genetics,Inc.(Huntsville,AL,U.S.)のKelly Wasmund 博士提供)を、上記の原理を用いて質量検出を組み合わせた精製により単離しました:
各ペプチドはそれぞれ0.5mLジメチルホルムアミド(DMF)中に溶解した後、水で5.0mLに希釈しました。ISQAの濃度は5~10mg/mL、SIINの濃度は10mg/mLと推定されました。各ペプチドの小スケール分離の条件は表7に記載します。クロマトグラフィーおよびスペクトルの結果はそれぞれ図52と図53に示します。ISQAおよびSIINのさまざまな荷電状態に関して算出された目的のイオンは表8に示します。
小スケール
溶媒A: 0.1%TFA水溶液
溶媒B: 0.1%TFAアセトニトリル溶液
注入量: 40µL
カラム 4.6×50mm Symmetry® 300、C18、5µm
大スケール
溶媒A: 0.1%TFA水溶液
溶媒B: 0.1%TFAアセトニトリル溶液
注入量: 5mL
カラム 30×150mm Symmetry 300、C18、7µm
ターゲット質量: (ISQA)[M+H]+=1773.9, [M+2H]2+=887.5, [M+3H]3+=592.2, [M+4H]4+=447.2
ターゲット質量: (SIIN)[M+H]+=963.5, [M+2H]2+=482.3, [M+3H]3+=321.9
時間 |
流量 |
%A |
%B |
0.00 |
1.35 |
95 |
5 |
20.00 |
1.35 |
20 |
80 |
21.00 |
1.35 |
0 |
100 |
24.00 |
1.35 |
0 |
100 |
25.00 |
1.35 |
95 |
5 |
30.00 |
1.35 |
95 |
5 |
表7. ISQAおよびSIINの小スケール分離で使用されたグラジエント条件
図52. ISQAおよびSIINの小スケール分離のトータルイオンカレントクロマトグラム
図53. ISQAおよびSIINのマススペクトル
NH2-ISQAVHAAHAEINEAGR-COOH (ISQA) |
|
モノアイソトピック質量 |
1772.9 Da |
荷電状態別の目的のイオン |
m/z |
[M+H]+ |
1773.9 |
[M+2H]2+ |
887.5 |
[M+3H]3+ |
592.2 |
[M+4H]4+ |
447.2 |
NH2-SIINFEKL-COOH (SIIN) |
|
モノアイソトピック質量 |
962.5 Da |
荷電状態別の目的のイオン |
m/z |
[M+H]+ |
963.3 |
[M+2H]2+ |
482.3 |
[M+3H]3+ |
321.9 |
表8. ISQAおよびSIINのさまざまな荷電状態に関して算出された目的のイオン
各ペプチドのフォーカスグラジエントは、目的のペプチドとその近くに溶出される夾雑物との分離を向上するためにデザインされました。ISQAの分取フォーカスグラジエントは12%Bで開始し、20%Bまで実行しました。この中でペプチドは17%B近くで溶出されました(表9および図54)。同様に、SIINの分取フォーカスグラジエントは23%~31%Bで実行し、ペプチドは28%B近くで溶出されました(表10および図55)。フラクション回収の質量トリガーには予想された多価イオンが含まれました(表8)。
時間 |
流量 |
%A |
%B |
0.00 |
57.50 |
95 |
5 |
2.00 |
57.50 |
95 |
5 |
3.00 |
57.50 |
88.4 |
11.6 |
36.50 |
57.50 |
80.4 |
19.6 |
37.50 |
57.50 |
20 |
80 |
39.50 |
57.50 |
20 |
80 |
40.00 |
57.50 |
95 |
5 |
55.00 |
57.50 |
95 |
5 |
表9. ISQAの精製に使用された分取フォーカスグラジエント
図54. ISQAの分取マスクロマトグラム
時間 |
流量 |
%A |
%B |
0.00 |
57.50 |
95 |
5 |
2.00 |
57.50 |
95 |
5 |
3.00 |
57.50 |
77.1 |
22.9 |
36.50 |
57.50 |
69.1 |
30.9 |
37.50 |
57.50 |
20 |
80 |
39.50 |
57.50 |
20 |
80 |
40.00 |
57.50 |
95 |
5 |
55.00 |
57.50 |
95 |
5 |
表10. SIINの精製に使用された分取フォーカスグラジエント
図55. SIINの分取マスクロマトグラム
分取分析から得られたフラクションは純度を評価するために分析されました。フラクションを完全に特性解析するために、複数の検出チャンネルを用いて分析をモニターしました。ISQAとSIINの両ペプチドのフラクション分析は、粗ペプチド分析で使用されたのと同じグラジエント法で実行しました。ISQAおよびSIINの結果をそれぞれ図56および図57に示します。
図56. ISQAのフラクション分析
図57. SIINのフラクション分析
ペプチドは、合成、医薬品の設計、探索と開発および製造のための新しいまたは改善されたテクノロジーにより治療分野において重要な役割を果たし続けています38。テクノロジーは変化していますが、ペプチド単離の基礎はUVおよび質量検出と併用する逆相HPLCに依存する多くのプロセスでは変わらないままです。高速グラジエントを用いた粗ペプチドの分析、グラジエントのフォーカスおよびAt-Column Dilutionと温度管理を用いた大きなカラムへの幾何学的スケーリングは、迅速に目的のペプチドを単離するための効果的な手段です。UV検出はペプチド単離で広く使用されていますが、質量検出を組み合わせた精製では回収フラクション数が減り、後に続くフラクション分析に必要な時間が短縮されます。分割と希釈のテクノロジーを用いて検出器シグナルを管理し、適切なクロマトグラフィー移動相、モディファイヤーおよびメイクアップ溶媒を使用し、フラクショントリガーに適した荷電状態を選択することで、ペプチド精製プロトコールを単純化できます。
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