クロマトグラフィーにおけるバンドの形成
サンプルバイアルからサンプル混合物を移動相中に導入すると、高圧ポンプによりクロマトグラフィーカラムの入り口に運ばれます。サンプル混合物と移動相はカラムの充塡ベッドを通過します。カラムを出ると、分離した混合物は検出器に運ばれます(図3)。
図3:HPLCシステムの模式図
まず、サンプルバンドがどのようにして個々の分析種のバンドに分離するのかについて考えてみましょう(液の流れは緑の矢印で示しました)。図4Aは、サンプルがカラムに入り、バンドを形成し始めるゼロ時間(注入の瞬間)を図示したものです。ここに示すサンプルは黄、赤、青の染料の混合物であり、カラムの注入口では1本の黒いバンドとして現われます。
図4:クロマトグラフィーカラムがいかに働くか- 分析種のバンド
数分後、移動相を連続して流し続け、充塡ベッドを通過させる事により、個々の染料がそれぞれのバンドとして異なる速度で移動することがわかります(図4B)。これは、移動相と固定相の間で分析種との親和性に応じた競争が生じているからです。黄色のバンドがもっとも速く移動し、今にもカラムから排出されそうな点に着目してください。黄色の染料は他の染料よりも強く移動相に引きつけられます。したがって、移動速度は他よりも速く、移動相の速度に近くなります。逆に、青色のバンドは移動相よりも固定相(充塡剤)に高い親和性を示します。固定相に引き付けられるため、移動速度は非常に遅くなります。青色は3色の中で最も強く保持された化合物でした。赤色のバンドは移動相との親和性が中程度ですので移動速度は中程度です。各バンドが異なる速度で移動するためクロマトグラフィーによる混合物の分離が可能になります。
クロマトグラフィーバンドからのピークの形成
個々の分析種のバンドは、多くの分子で構成されています。バンドの中心では分子の濃度が最も高く、バンドの先端と後端で移動相との境界面に近づくにつれて濃度が低くなります(図5)。
図5:分析種のバンド内における分析種の分子(緑色部分)の濃度特性
カラムで分離された染料のバンドはすぐ検出器に入ります。検出器は移動相のバックグラウンドに対して分離された個々のバンドの検出を行ないます(図6を参照)。測定対象物に適した検出器(UV、エバポレイト光散乱、蛍光、質量分析計など)が化合物の存在を検知して、対応する電気的な信号をコンピュータに送信しピークを記録します。検出器は分析種の分子の濃度に反応し、バンドの中心(分析種の分子が最も多い部分)をピークの頂点と解釈します。
図6:検出器によるピークのデジタル作成
分析種のバンドが検出器通過時に対応する電気的信号として送信されピークをデジタル処理で形成。
クロマトグラムとは
クロマトグラムは、HPLCシステム内で化学的に発生した(クロマトグラフィーにより発生した)分離の結果を表したものです。時間軸上にベースラインから立ち上がる一連のピークが描かれます。各ピークは各化合物に対する検出器のレスポンスを表します。クロマトグラムはコンピュータ上にプロットされます(図6を参照)。黄色のバンドが検出器のフローセルを完全に通過し、電気的な信号がコンピュータに送信されています。その結果、得られたクロマトグラムが画面上に現れ始めています。サンプルが注入されると、画面の下部近くに直線が描かれます。これはベースラインと呼ばれ、移動相のみがフローセルを通過している状態を表しています。
黄色のバンドがフローセルを通過すると信号(分析種の分子の濃度によって変化)がコンピュータに送信されます。黄色の染料の濃度に比例して、最初は上向きに、次に下向きにカーブが描かれます。この結果、クロマトグラムに1つのピークが形成されます。黄色のバンドが検出器のフローセルを完全に通過すると、純粋な移動相だけが再び通過する状態になりベースラインに戻ります。黄色のバンドは最も速く移動し、カラムから最初に溶出して最初のピークになります。少し遅れて赤色のバンドがフローセルに達します。赤色のバンドがセルに入ると、信号がベースラインから立ち上がり赤色のバンドを表わすピークが描かれ始めます。この図では赤色のバンドはフローセルを完全に通過してはいませんが、ほとんどの部分がセルを通過しているため実線が示すようにピークの大部分が描かれています。このまま分析を継続すると赤色のバンドはフローセルを完全に通過し、赤色のピークが完成します。最も強く保持されている青色のバンドは移動速度が最も遅く、赤色の後にカラムから溶出されます。なお、点線は分析を最後まで実行したときに表示される完全なクロマトグラムを表わしています。他の染料に比べて青色のピーク幅が最も広くなる点に着目してください。青色のバンドはカラム上では最も狭くなっていますが、カラムから溶出すると最も広いピークになります。これはクロマトグラフィーの固定相(カラム)を最もゆっくりと移動し、完全に溶出するまでにより多くの時間(移動相容量)を必要とするからです。移動相は絶えず一定速度で流れているため、結果的に青色のバンドが拡がり希釈されるという現象が起こります。検出器のレスポンスはバンドの濃度に比例するため青色のピークは高さが低くなり、幅が拡がります。
バンド拡散
サンプルや分析種のバンドは検出器に達する前にクロマトグラフィー装置内を通過しますが、実はこれがバンドの歪みや拡がりの原因を作っています(図7)。この現象はバンド拡散と呼ばれるものです。分析種のバンドが拡がるとクロマトグラフィーのピーク幅も拡がります。バンドが拡がることで装置内での希釈効果が生じ、結果としてピーク高さが減少し感度や分離が悪くなります。逆にバンド拡散を最小限に抑えることが出来れば、より幅の狭いバンドでより高いカラム効率を得る事が出来ます。
より幅の狭いピークは検出が容易で、さらに濃縮された分析種のバンドにより感度や分離能が向上します。すなわち、クロマトグラフィーの性能を向上させるには、バンド拡散に影響する要因を減らすためにその要因を認識しておくことが重要です。
図7:バンド拡散の原因(装置およびカラム)
インジェクターからカラム入口まで(サンプルバンド)、カラム内、カラム出口から検出器セルまで(分析種のバンド)でバンド拡散が発生。
クロマトグラフィーシステムにおいて、カラムおよびカラム外(カラムの外の全て)の両方がバンド拡散の原因になります。カラム外の原因として、注入量、インジェクターからカラムまでの流路、カラム出口から検出器(フローセルを含む)までの流路、これら全てを接続するコネクターがあります。一方、カラムにおけるバンド拡散の要因は充塡剤の粒子径、充塡密度、移動相流速に対する拡散特性、分析種の大きさや形状などがあります。これら要因それぞれの分散(σ2)の合計がピーク幅に影響します(図8)。
図8:統計学的関数としてのバンド拡散
統計学的関数としての理論段数はカラム外の分散とカラムによる分散の合計である母分散(σ2)として考えられる。母分散(σ2)は、溶出容量に対するガウス分布のピーク幅(σ)から算出。
液体クロマトグラフィーにおいて大幅な性能向上を実現するにはカラム外(装置)、およびカラム両方でのバンド拡散の影響を低減する必要があります。ACQUITY UPLCシステムは、これら装置およびカラム両方のバンド拡散を低減して、効率および感度の大幅な向上を達成するというコンセプトを基に設計されています(図9)。
図9:システム(カラムおよびカラム外)バンド拡散のピーク形状への影響
カラム外(装置起因)のバンド拡散への対処
クロマトグラフィーの性能を大幅向上するため、多大な技術的努力により小さい粒子径(2μm未満)の充塡剤により生ずる超高圧に耐えうる装置を設計し、流路での拡散を最小限に抑え、理論から予測される性能を実現できるクロマトグラフィー装置を開発しました。それと同時に、分析施設において高い信頼性と頑健性を備えた高精度な分析ツールになるように設計されています。装置設計がどれだけ重要かを理解するために、システム全体(装置+カラム)での拡散がクロマトグラフィーの結果にどれだけ影響を及ぼすか理解する必要があります。
理論段数 (N)、またはカラム効率の測定にはピークの拡散を考慮に入れる必要があります。ピーク幅は分析種のバンドが検出器を通過する際にどれだけ拡がっているかに直接関連し、ピークの頂点はバンド内での分析種の分子の最大濃度に一致します。この測定はアイソクラティック条件で実施します。
理論段数の算出式は、図10に示す方法で算出することができます。(Vn)はピークの溶出容量、(w)はピーク幅、(a)はピーク幅を計測した時のピーク高さに基づいた定数を表わします。ピークが完全に対称であれば、いずれのピーク幅測定法でも同じ理論段数が得られることになります。ピークにリーディングやテーリングが見られる場合、各方法で得られる結果は異なります。
図10:理論段数の算出式
ピーク幅 (w)が狭いほど、理論段数 (N)は向上。
理論段数がカラムによってのみ得られる性能を示していると勘違いされることがあります。実際は、カラムと装置両方のバンド拡散が理論段数に影響します。装置がバンド拡散に及ぼす影響を実証するため、1本のHPLCカラムを用いて従来のHPLC(バンド拡散:7.2μL)およびACQUITY UPLCシステム(バンド拡散:2.8μL)の二つの異なる装置で分析を行いました。同じカラムを両方のシステムで使用しているため、カラム起因のバンド拡散は一定です。ACQUITY UPLCシステムにおいて認められた効率の改善は、バンド拡散の小さい装置では幅の狭いピークを得ることができ、理論段数が高くなる事を実証しています(図11)。
図11:装置由来のバンド拡散がカラムの性能に及ぼす影響
同じカラムを用いて、ACQUITY UPLCシステムと従来のHPLCシステムで比較(カラム:ACQUITY UPLC BEH C18 2.1×50mm、粒子径:1.7μm、流速:0.4mL/分)。
チューブの長さと内径の影響
サンプルバンドは移動相中に導入されカラムまで移動します。ACQUITY UPLCのサンプルマネージャは、バンド拡散を最小限に抑えるためにインジェクターからカラム入口までの距離が最短になるよう設計されています。カラムでサンプルバンドは個々の分析種のバンドに分離されます。クロマトグラフィーによって分離された個々の分析種のバンドは、カラムから検出器に移動します。一見しただけでは、カラムの出口と検出器の入口を接続するチューブ内径(ID)の重要性には気づかないかもしれませんが、この内径は装置のバンド拡散に大きく影響します(図12)。
チューブ内径が小さくなればバンド拡散も小さくなります。濃縮された分析種のバンドを内径の大きなチューブに流した場合、バンドの濃縮性が著しく失われ、拡がり歪んだピークが生じ感度も低下します。また、チューブ壁面は移動相とのあいだに抵抗が生じるため、チューブ中心部と比べて移動速度が遅くなります。結果的に分析種のバンドの中心部と壁側で移動度が異なり歪んでしまいます。チューブ内径を狭くして、チューブ中心部とチューブ壁部の距離を小さくする事でこの歪みは改善されます。同様に、チューブの過剰な長さもサンプルバンドを歪ませる原因になるため、最小限に抑えなければなりません。
図12:チューブ内径と長さによる分析種バンドの拡散
検出器の設定によるカラム外バンド拡散への影響
装置における配管でのバンド拡散に加え、データの取込み速度や時定数などの検出器の設定もクロマトグラフィーの結果に影響します。特にUPLCアプリケーションのようなピーク幅が非常に狭く、分析時間が非常に短い場合に重要になります。検出器のデータ取込み速度を設定する場合、正しいピークを表示できるだけのデータポイントが得られるように設定を行なわなければなりません。検出器の設定を高くしすぎると、ベースラインノイズが非常に高くなり、S/N比(シグナル/ノイズ比)が悪くなることがあります。逆に検出器のデータ取込み速度の設定を低くしすぎると、十分なデータポイントが得られずカラム効率が低減し、定量に必要な再現性が得られなくなります。また、時定数(デジタルフィルター)ではデータポイントをスムージングし、S/N比を最適化します。これは取込み速度と併せて、または単独で使用することが出来ます。
分析種のバンドの幅が狭くなるに従って、検出器の設定はますます重要になります。ただ単に、デジタル処理で高速のピークを取込むだけでなく、共溶出ピークが存在する場合では、UPLCカラムにより得られる高分離なピークを適正に処理できるデータ取込み速度を設定しなければなりません。
時間とともにピークが拡散するような低流量では、これらの設定はクロマトグラムに大きな影響をおよぼすことはありません。しかしながら、ピークが狭く、より迅速な分析では適切なデータ取込み速度と時定数の設定を考慮しなければなりません(図13)。‘実際の’アプリケーションにUPLCを使用する場合、幅の狭いピークを正確に計測できるデータ取込み速度(Hz)を設定し、最適なS/N比と分離能を得られる時定数(秒;s)を使用するのが賢明です。
図13:検出器の設定がピーク形成に及ぼす影響
データ取込みスピード(Hz)と時定数(秒; s)がピーク形成に及ぼす影響。UPLCのピーク幅は極めて小さくなる(ピーク幅:1~2秒)可能性があり、検出器を適切に設定することが重要。(装置:ACQUITY UPLCシステム、サンプル:アセナフテン、カラム:ACQUITY UPLC BEH C18、2.1×50mm、1.7μm、移動相:65/35= ACN/H2O、測定データポイント(Hz):2,5,20,80)
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