コンバージェンスクロマトグラフィーでは選択性範囲が拡大しているため、多種多様なアプリケーションに適しています(表6)。
研究分野や目的の分析種の厳密な性質にかかわらず、CCは以下の3つの点で分析上の課題の克服に役立ちます:
次に、アプリケーションの例を挙げてCCの主なメリットを説明します。
表6. 研究分野と化合物タイプで分類したCCの主なアプリケーション
図42. MS検出器を接続したACQUITY UPC2によるマウス心臓抽出物の脂質プロファイル
図43. MS検出器を接続したACQUITY UPC2システムによる遊離脂肪酸(FFA)、トリアシルグリセロール(TG)およびコレステロールエステル(CE)のターゲット分析
SFCからCCへの進化の過程における最も有益な発見の一つは、圧縮CO2はさまざまな有機溶媒と混ざり合うことでそれまで不可能であったクロマトグラフィー分析を可能にできるということです。本セクションでは、CCがいかにして分析ラボにおけるワークフローを大幅に簡易化するかを説明していきます。
一般に、最初のサンプル収集から最終的な分析までのワークフローの簡易化は、あらゆる分析ラボの業務に大きなインパクトをもたらします。CCは以下に挙げる方法により多くのアプリケーションでワークフローを大幅に簡易化し、コストと時間を削減するだけでなくエラーのリスクを抑え、生産性を向上させます。
医薬品分野では薬剤の有効性を検証するために被験者を投与群と対照群に分け脂質プロファイルを行うなど、脂質はさまざまな理由から多くの分野で分析されています。
臨床研究ではさまざまな疾患や治療効果を示すバイオマーカーとして脂質レベルを研究します。食品分野では栄養や食品の信頼性を検証するため、トリグリセリドなど特定のクラスの脂質をプロファイリングし、化学工業の分野ではバイオディーゼルなどの石油製品中の脂肪酸やトリグリセリドなどを分析します。分析目的に応じて、脂質の分析には異なる技術が必要となります。また、一般にGCで分析される遊離脂肪酸の場合、ピーク形状と検出限界を改善するために、特に炭素鎖が長い場合、脂肪酸メチルエステル(FAME)への誘導体化が必要です。誘導体化には数時間かかることもあり、さらにその後のGC分析には最長30分程度かかります。リン脂質やスフィンゴ脂質などの極性の高い脂質の場合には、異なる脂質クラスを極性基の性質に基づいて分離するためにHILICや順相LCが必要になります。その後、クラス内の疎水性の高い脂質の場合には炭素鎖長や二重結合の数に基づいて分離するために逆相LCが使用されます。このように脂質を完全にプロファイリングするには通常、複数の技術が必要となりますが、CCの技術を用いることで、1回の注入ですべての脂質クラスを分離することができます。図42は、ACQUITY UPC2システムで分析したマウス心臓抽出物の包括的な脂質プロファイルです。この例では、BEHカラムと一般的なグラジエントを使用して異なる脂質クラスが分離されており、順相LCやHILICとほぼ同等の分離結果が得られました。
トリアシルグリセロール(TG)、ジアシルグリセロール(DG)、コレステロールエステル(CE)、遊離脂肪酸などの中性脂肪については、カラムとグラジエント条件を変えることで各クラス内の異なる脂質を脂肪酸鎖長および二重結合の数に基づいて保持し、分離することが可能です(図43)。
このアプリケーションではCCはGCより分析時間が速いだけでなく(最大10倍)、誘導体化が不要であるため、脂質分析のワークフロー全体が大幅に簡易化されます。誘導体化を行わないため時間を短縮でき、ワークフローに追加ステップを組み込むことで起こりうる可能性のある、エラーが最小限に抑えられます。CCを使用しない場合、このようなプロファイリングおよびターゲット分析には最大3つの別の技術が必要になるため、サンプルスループットが低下し、溶媒使用量が増え、稼働時間が長くなり、全体的な分析コストが増大します。
脂溶性ビタミンは脂質と同じく医薬品から臨床研究、食品、燃料まであらゆる分野で分析される化合物です。脂溶性ビタミンおよびカロテノイドの分析は一般的に逆相LCまたは順相LCを用いて実施されます(表7)。1回の注入でこれらの化合物を分離するのは困難なため、異なるカラムと移動相を用いて個別に分析されますが、それぞれの分析時間は10分~30分かかります。CCを用いることで、すべてのビタミンおよび関連化合物を10分未満で分析することができます(図44)。表7に記載する従来の分析法とは異なり、効率化されたCC法で必要なのは一つのカラム、一つの移動相条件および一つの検出器です。CCでは、多くの場合、化合物の抽出や溶解に使用される溶媒(イソオクタンやヘキサンなど)を使って直接注入されるため、逆相分析で一般的に必要とされる溶媒交換が不要です。
表7. 脂溶性ビタミンと関連化合物の一般的な分析条件
図44. ビタミン類10種類の標品についてCCを用いて同一分析法で分析したクロマトグラムの重ね書き
CCは複数の分析方法や技術を一つに集約し、迅速にサンプルを分離できるだけでなく、サンプル調製時間も短縮します。具体的には有機溶媒の直接注入が可能なため、次のようなメリットがあります。
例えば食品中の脂溶性ビタミン類の分析には、複数のサンプル調製・分析手順が必要です。図49は、ビタミンA、D、Eの分析に必要な一般的サンプルワークフローです。この図に示す通り、ビタミンAとEのサンプル調製手順は、ビタミンDと異なります。また、これらの3種のビタミンはHPLCでは個別に(順相と逆相で)分析しなければなりません。ビタミンDのサンプル調製は特に複雑で、途中にセミ分取HPLCも含む多くの手順に分かれています。
図49. 乳児用調製粉乳に含まれるビタミンA、DおよびEの分析のための一般的なサンプルワークフロー
図50. 乳児用調製粉乳に含まれるビタミンA、DおよびEの分析のためのCCを用いたサンプルワークフロー
一方、CCは最初の抽出手順に用いる非極性有機溶媒を直接注入し分析できるため、同じビタミンのサンプル調製ワークフローがはるかに簡易化されます(図50)。ビタミンEはヘキサン抽出の後、サンプルを直接注入して定量します。その後、サンプルを濃縮してビタミンAとD3を分析するため、従来の分析法よりも分析時間は20分の1に短縮します。また、CCに必要とされるものは3ステップのサンプル調製手順、1台の装置で分析法も一つのみです。図42の従来のワークフローではサンプル調製手順が12ステップ、分析法が3種類、装置が2台必要でした。上記のアプリケーションにおけるCCのメリットを表8にまとめ、同様の簡易化が可能なアプリケーションを併記しました。
表8. ACQUITY UPC2システムによるワークフロー簡易化のメリット
異性体や構造類縁体、特に光学異性体は構造の違いが少ないため分離が困難です。そこで、次に下記の構造類似性を持つ化合物のCCによる分析法を説明します。
図51. CCによる血漿中のワルファリンエナンチオマーの分離
図52. CCと順相LCによるワルファリンエナンチオマーの分離
異なるエナンチオマーが含まれていると有効性や毒性のプロファイルにばらつきが生じる可能性があるため、研究・開発・生産の各段階を通してモニタリングが必要となります。キラル分離には通常、セルロースまたはアミロースをベースとした固定相を用いた順相LCが使用されます。しかし、順相LCのグラジエント分離の性能には限界があるため、分離は別のカラムと移動相(多くは有害な有機溶媒)を組み合わせたアイソクラティック分析で行います。この分析法を開発するには多大な時間がかかります。これに対しCCはグラジエント分析が可能であり、幅広い選択性を備え、害の少ない溶媒を使用し、1日でキラル分離の分析法を開発できます。
クロマトグラフィー精製の現場では、この種の分離におけるSFCの有効性が長年認められていました。分析分離は、特に難度の高い迅速なキラルスクリーニングやキラル分離法開発、不斉収率測定、キラル反転研究の分野においてニーズが高まっています。CCは、順相LCとは異なり質量分析計への適合性が高く、反応中や製造プロセスの過程、あるいは生体系でエナンチオマーの組成を同定、特性評価する機能に優れています(図51)。
図52は、CCと順相LCのワルファリンのエナンチオマーの分離能を比較した結果です。CCではエナンチオマーをわずかな時間(順相LCの約30倍の速さ)でベースライン分離しました。また、購入費と廃棄処理費が高い有害な溶媒を使用しないため、キラル分離のコストを1回の分析あたり100分の1程度に削減できます。これらのメリットにより、CCはあらゆるキラル分析アプリケーションに優先的に利用されています。
CCは位置異性体やその他の構造類縁体の分離にも優れた性能を発揮します。位置異性体は、同じ分子量を持つものの、官能基の位置が異なる化合物であり、出発原料の分析や反応モニタリング、不斉触媒反応などのアプリケーションでしばしば確認されます。これらの位置異性体は、分離を円滑化するためGC分析の前に誘導体化されることも少なくありません。順相分離はもともと堅牢性とスピードに欠けます。一方CCは、分離の選択性が広いため、位置異性体を誘導体化することなく一般的な条件下で簡単に分離します。
図53. CCによるジメトキシ安息香酸(DMBA)の位置異性体の分離
これらのアイソマーを超高速で分離するACQUITY UPC2システム(図53)は、出発原料や中間体、最終生成物の反応最適化を、ほぼリアルタイムで評価できます。また、構造類縁体には、抱合型または非抱合型バイオマーカー(グルクロニド、硫酸塩)や薬剤化合物の代謝物、不純物、分解物がありますが、これらも互いに類似しているために容易に分離できません。構造類縁体の最も代表的なクラスの一つがステロイド類(図54)です。ステロイド類はそれぞれ構造が類似しており、質量差が小さいためMS検出器でも分離や分析が困難です。CCで複数のカラムを用いて一般的なスクリーニンググラジエントを実施すると、これらステロイド類を2分未満で簡単に分離できます(図55)。化合物に極性がないため逆相LCでは困難であり、また、GCで分離するには、ピーク形状と検出限界を改善するため誘導体化が必要です。しかし、ACQUITY UPC2システムとMS検出器を組み合わせることで、簡単に分離し、定性・定量を行うことができます。
図54. 非抱合型(遊離)ステロイドの構造式
図55. CCによるステロイド9種の分離
図56. 硫酸化エストロゲンの構造式離
構造類縁体は抱合するとさらに分離が困難となります。遊離ステロイド(図54)は水に不溶なため、硫酸化型に変換されて水溶性誘導体となります。この過程で負の電荷をもつ親水性側鎖が生じるため、遊離ステロイドが水溶化します(図56)。この種の化合物は、治療目的のために天然物から単離されていますが、疾患研究や治療の有効性確認のためのバイオマーカーとしても使用されています。しかし、これらの化合物の分析には大きな課題が二つあります。
第一の課題はGC分析(約30分)を実施するには硫酸基の酵素加水分解と誘導体化が必要となり、サンプル調製に約2.5時間もかかることです。第二の課題はこれらのエストロゲンの一部は同じ分子量(同じm/z)のため、質量分析器では区別できないことです。そのため同じ分子量で異なる化合物はクロマトグラフィーで分離する必要があります。
CCを使用すると、これら10種の硫酸化エストロゲンはすべて15分以内に分離できます(図57)。この分離には、溶出ピークが近接している箇所(ピーク6と7)がありますが、これら2つのピークはGC分析で30分間かけてもきれいに分離することができません。(図58)CCでは硫酸化合物を加水分解・誘導体化する必要がなく、そのままの構造で分析できます。そのため、治療用薬剤の分析に必要な手順が大幅に減り、スループットと生産性が向上します。
図57. CCによる10種の硫酸化エストロゲンの分離
図58. 抱合型エストロゲン向けのUSP法に基づく10種のエストロゲンのGC-FID分離。サンプルは誘導体化の前に抱合型エストロゲンの硫酸基を分解して調製。サンプル調製時間は合計2.5時間を超えました。しかし、ピーク6と7の2つの化合物(赤枠内)は完全に分離していません。
表9. 類似構造を有する化合物の分離におけるCCのメリット
これらのアプリケーションにおけるCCのメリットを表9にまとめ、同様にCCを使用してエナンチオマーや位置異性体、構造類縁体の分離が可能な他のアプリケーションを併記しました。
お互いに相補的である複数の分離モードは、ピークの保持が異なるため、一つの分離モードのみを使用する場合よりもサンプルに関する情報が多く得られます。全く違う技術を用いた異なるピーク分離能力は、次のようなメリットがあるため極めて重要です。
相補性の高い分離技術とは、例えばクロマトグラフィーの順相と逆相などの相補的なモードを指します。CCは順相クロマトグラフィーに似た選択性を備えていますが、システムの堅牢性と信頼性が高いため、分離技術としてははるかに高性能です。(第2章を参照)次のセクションではCCの相補性を分離に利用し、前述のメリットを実現する方法について例を挙げて説明します。
図59. ACQUITY UPLCシステムとACQUITY UPC2システムを用いてメトクロプラミドと類縁物質を分離し、CCの相補性を実証
図60. ヒト血漿から抽出したクロピドグレルをタンパク質沈殿後にMS検出器(MRMモード)を接続した逆相LC/ACQUITY UPC2それぞれのシステムで分析
ACQUITY UPLCシステムおよびACQUITY UPC2システムを用いて医薬品有効成分(メトクロプラミド)を類縁物質から分離することにより相補性を示しました(図59)。一方の装置で分離できなかったピークが他方で分離できた例も、またその逆も確認できます。さらにCCは逆相クロマトグラフィーでは保持しにくい極性化合物(ピーク1と2など)の保持を強くすることが可能です。この例では、ACQUITY UPC2システムがACQUITY UPLCでは近接した成分(ピーク5とメトクロプラミド)を分離した結果、ラージスケールで未知化合物を精製・単離を実施し、その後、同定や特性解析ができました。このようにCCは、他の既存の技術と相補的に用いることで幅広い分離の課題を解決できる理想的な分析法です。相補性の高い分離法は目的の分析種とマトリックス干渉成分とを分離して溶出できるためバイオアナリシスや食品分析などにおいて重要です。
図60Aは、タンパク質沈殿を用いたヒト血漿由来のクロピドグレルの典型的なLC-MS/MSクロマトグラムです。クロピドグレルは疎水性のため、この分析では溶出が遅くなります。ただし、干渉成分のリン脂質(コリン含有基を持つ)も同じ時間帯に溶出するため(図60B)、クロピドグレルのピークにイオン抑制が生じ、定量結果が不安定になる可能性があります。興味深いことに、干渉リン脂質はACQUITY UPC2システムでも溶出が遅くなっています(図60C)が、目的の分析種は逆相LCに対するCCの相補性により、マトリックスであるリン脂質の溶出領域とははるかに離れた早い時間に溶出します(図60D)。そのためマトリックス効果の可能性が最小限に抑えられ、より正確かつ精密な定量が実現します。
これらのアプリケーションにおけるCCのメリットを表10にまとめ、同様にCCを使用して相補性の高い分離のメリットが得られる他のアプリケーションを併記しました。
表10. CCの相補性が分離に与えるメリット
これらのメリットは本章の最初で述べたCCの3つの特性を示すものです。
1. CCはワークフローを簡易化します。
2. CCは化学構造が類似した化合物も分離します。
3. CCは相補性が高い分離モードを提供します。