精製のために分析法をスケールアップする場合、クロマトグラフィーがアプリケーションに最適であることが重要です。分析スケールで分離能が向上するということは、分取スケールでのクロマトグラフィーが改善され、その結果スループットおよびフラクションの純度が向上するということです。分析法では、カラムの加熱、注入モード、圧力降下、システム圧、および適合カラムなどの分取技術の条件も考慮に入れなければなりません。MSを用いて精製を実施する場合、分析スケールでのすべてのスクリーニングおよび分析法開発もMS検出を使用して行わなければなりません。グラジエント法の場合、グラジエントの傾きおよび平衡化時間は分析システムと分取システムとの間の容量差を計算に入れる必要があります。多くの場合、分析時の注入はミックスストリームインジェクションを使用して行われ、分取時の注入はモディファイヤーストリームインジェクションを使用するため、溶解溶媒の影響も考慮に入れる必要があります。
注入方法の違い(3番目の章で説明)に留意して、負荷量試験は通常、まず小さな(分析)スケールで実施されます。サンプルをシステムに注入する前に、サンプルに含まれる化合物の溶解度について知ることが重要です。分取アプリケーションにおける最良の事例は最少量の溶媒で最大量のサンプル(高濃度サンプル)をロードできることです。しかしながら、サンプルはCO2と有機溶媒が混合した移動相へロードされた後も溶液に溶解した状態のままでなければなりません。許容濃度が決定したら、サンプル負荷量試験を実施します。この試験では、分離能が失われるまで、または目的化合物の高純度フラクションを取得するのにクロマトグラフィーが有効でなくなるまで注入量を徐々に増加させます。
図31は最適化されたアイソクラティック分析法を使用した負荷量試験の例です。この例では注入量が200µLを超えると分離能が失われるため、精製またはスケールアップ分離の負荷量の算出には200µL注入を使用します。
図31. アイソクラティック条件におけるブセチンエナンチオマーのキラル分離の負荷量試験
適切な分析法が開発され、分析スケールでの負荷量試験が完了したら、スケールアップにおい て保持力と選択性が同じ(またはほぼ同じ)になることが理想的です9。クロマトグラフィーのスケールアップを成功させるには、複数のパラメーターを一定に保つ必要があります:
SFC分取では、LCと同様、注入量(負荷量)および流量が幾何学的にスケールアップされます。ピーク形状およびローディングキャパシティを維持するには、カラムサイズに応じて注入量をスケールアップする必要があります。同様に、分離の質を維持するには、カラムサイズに基づいて流量をスケールアップします。
カラムが同じ長さの場合、分取法におけるグラジエントプロファイルをデュエルボリュームに基づいて変更する必要があります。これらの調整をするには、デュエルボリュームを分析システムと分取システムの両方で測定しなければなりません。デュエルボリュームを決定するには、一般的にUVシグナルが得られる化合物または溶媒を共溶媒に添加し、カラムなしでグラジエントを実行します。ポンプでのグラジエント開始と検出器でのシグナル変化との間の時間遅延に基づき、時間遅延に流量を掛けてデュエルボリュームを決定できます(図32)。
図32. 共溶媒のメタノールに1%アセトンを添加してシステムデュエルボリュームを決定するために測定されたデータ。グラジエント条件:5%で1分間保持、5分間で5~40%、40%で1分間保持、2分間で40~5%、および5%で1分間保持。このデータ取得時はシステムからカラムを取り外しました。
また、最終クロマトグラフィーにおけるバンドの広がりを引き起こす可能性のあるチューブ、注入バルブ、ループサイズ、検出器フローセルおよびスプリッターなどのカラム外ボリュームの影響に留意することも重要です6。カラム外ボリュームとバンドの広がりを測定するには、カラムを取り外し、注入を実行します。注入から検出までの時間に流量を掛けるとカラム外ボリュームとなります。カラムがない状態でのピーク形状は、カラム外ボリュームが原因で発生する広がりを示します。図33はカラム外ボリュームを測定するために実施された注入例です。システムはモディファイヤーストリームインジェクション用に接続されていたため、カラム外ボリュームを注入後のCO2添加なしでより正確に決定できるように、注入を共溶媒のみで実施しました。この手順の詳細は、www.waters.comからアクセスできるオンラインアプリケーションの分取OBDカラムカリキュレーターで説明されています。このカラムカリキュレーターは、分析から分取へのすべてのスケールアップ計算に役立つ使いやすいツールです。
LCの単純なスケールアップルールは、SFCに適用可能ですが、移動相密度が一定であることを前提としているため直接の適用はできません。SFCにおけるスケールアップはより複雑ですが、その主な原因はカラム内部およびシステム間で密度、圧力および温度のばらつきを引き起こす移動相の圧縮性です。これらの要素におけるばらつきは移動相の組成および強度に影響を及ぼします9。その結果、保持および選択性に影響が生じ、分析スケールシステムと分取スケールシステムとの間で分離プロファイルを維持するのがさらに難しくなります。
密度および温度におけるばらつきは直接制御できませんが、SFCにおける以下の分析法パラメーターを調整することでクロマトグラフィーを複数のスケールで一致させることができます:
SFCでは共溶媒組成がピーク保持を制御する最も重要なパラメーターです。そのため、共溶媒組成を正確にスケールアップすることが分析法のスケールアップでは非常に重要です。質量流量およびCO2と共溶媒の組成をカラム出口の圧力および温度と共に一致させることで、体積流量に基づくシステムから質量流量に基づくシステムへのスケールアップを高い信頼性で行うことができます9。
この例では、以下のパラメーターを使って UPC2 システムで分析法を開発しました(表 8):
分析法パラメーター |
|
流量 |
3 mL/min |
共溶媒 |
メタノール |
比率 |
11% |
出口圧力 |
120 bar |
温度 |
35 ºC |
注入量 |
10 µL |
カラム |
4.6 x 150mm, 5 µm, Chiralpak IA |
表8. SFC分取システムへのスケールアップに使用した最適化されたUPC2分析法パラメーター
カラム長および粒子径を一定に保つため、分取システムでは5µmの粒子が充塡された21×150mmのChiralpakIAカラムを使用しました。注入量は幾何学的にスケールアップし、内径4.6mmのカラムでの10µLの注入は内径21mmカラムでの208µLの注入に相当しました。この場合、分析システムのCO2ポンプは体積流量で制御されており、分取システムのポンプは質量流量で制御されていました。そのため、幾何学的スケールアップを計算する前に分析法のCO2流量を質量流量に変換する必要がありました。この変換には以下の等式を用いました。
共溶媒はそのままのスケール(mLからmL)で、共溶媒流量は0.33mL/minであったため、全分析流量は約12%のメタノールで2.70g/minでした。この流量および割合を幾何学的にスケールアップしたため、12%の共溶媒条件での21×150mmカラムにおける分取流量は56g/minとなりました。
流量および組成が決定したら、同じ平均圧力を使用して密度プロファイルを分析システムと一致させる必要があります。分析システムの入口圧力は162bar、背圧は120bar(圧力降下42bar)であったため、平均圧力は141barと算出されました。分取システムにおける圧力降下はわずか24barであったため、分析システムと平均圧力を一致させるためには、背圧を130barに設定する必要がありました。最後に、温度も35°Cで一致させ、以上のパラメーターを使用してACQUITYUPC2からSFC分取システムへの分離のスケールアップが成功した例を図34に示します。プロファイルは同じですが、分取システムでは保持時間がわずかに長くなっていますが、これは注入方法の違いによるものと考えられます。分析システムではミックスストリームインジェクションを使用し、分取システムではモディファイヤーストリームインジェクションを使用しました。
図34. UPC2 システムからSFC分取システムへのキラル分離のスケールアップ例
多くのアプリケーションでは、スタックインジェクションが使用されます。スタックインジェクションは注入サイクル間の時間を短縮し、溶媒使用量を最小限に抑えます。また、スタックインジェクションは連続分離と精製のために使用可能なクロマトグラフィースペースをすべて利用することで、スループットが大幅に向上します。通常、すでに注入されたサンプルがカラムにある状態(またはカラムから溶出している状態)で注入が行われます。したがって、スタックインジェクションを利用するには、アイソクラティック分析法を用いることが必要です。スタックインジェクションを成功させるには、適切なサイクル時間(または注入間の時間)を決定する必要があります。また、順番が最後の注入では、すべてのピークセットが溶出され分取されるようにするために、合計実行時間が必要です。図35では、これらの値がどのように決定され、一連のスタックインジェクションで使用されるかを確認いただけます。サイクル時間は合計実行時間の約半分であるため、最初のターゲットピークが溶出され始める前にはすでに2回の注入が実施されます。最後の注入の実施後には、2つのピークセットが溶出され、分取されます。この場合、スタックインジェクションを使用することで、従来の1回の注入による分析と比べて合計処理時間が半分になります。
図35. スカウティング分析に基づいてどのようにサイクル時間を決定し(A)、一連のスタックインジェクションに適用するか(B)を示すクロマトグラム。サイクル時間は青色で示し、2分未満となっています。合計稼動時間は赤色で示し、約4分となっています。
すでに説明したように、SFCは選択性範囲が拡大したため、多種多様なアプリケーションに適しています(表9)。
分野 |
アプリケーション |
天然物 |
伝統薬 |
製薬 |
キラル精製 |
化学工業 |
OOLED |
食品および環境 |
脂質/脂肪酸 |
法医学 |
違法薬物 – オピオイド、ステロイド、カチノン |
表9. 分野別のSFC分取アプリケーション
分野や精製の目的にかかわらず、SFC分取では以下に挙げる内容が可能になります。
このセクションでは、抜粋したアプリケーション例を提示し、さまざまなワークフローとアプリケーションをご紹介します。これらのアプリケーションはすべて、ウォーターズのウェブサイト(www.waters.com.)でご覧いただけます。
https://www.waters.com/waters/library.htm?cid=511436&lid=134816059 21
SFCの主なアプリケーションの1つがキラル分離です。キラル薬物のエナンチオマーが異なる薬理活性を呈するのと同じく、フレーバー化合物および香料化合物の立体化学は味、匂いの質、および強度を決定します。このような化合物は揮発性であるため、精製が非常に難しいことがあります。SFCを迅速かつ低温で行うことでキラルのフレーバー化合物および香料化合物の高い回収率を実現します。
以下の例では、キラルSFC分取でスタックインジェクションを用いてリナロールおよびテルピネン-4-オールのエナンチオマーをそれぞれラベンダーオイルとティーツリーオイルから精製しました。図36は、4.6×250mmAD-Hカラムにおける分析法をセミ分取10×250mmAD-Hカラムへのスケールアップした例を示しています。ティーツリーオイルの分離ではテルピネン-4-オールのエナンチオマーが両方存在していることが確認されますが、ラベンダーオイルにはリナロールのエナンチオマーが片方しか含まれていません。SFC分取法のパラメーターを表10に示します。
図36. ティーツリーオイル(AおよびB)とラベンダーオイル(CおよびD)のアイソクラティック条件における最適化された分析分離および分取分離
SFC 分取の条件 |
|
|
カラム |
Chiralpak AD-H, 5 µm, 10 x 250 mm |
|
移動相 A |
CO2 |
|
移動相 B |
エタノール |
|
分取用メイクアップ溶媒 |
エタノール |
|
合計流量 |
12 mL/min |
|
|
ティーツリーオイル |
ラベンダーオイル |
%B (アイソクラティック) |
8 |
18 |
BPR 圧 |
120 bar |
120 bar |
オーブン温度 |
30°C |
35°C |
分取用メイクアップ流量 |
2 mL/min |
1.5 mL/min |
分取温度 |
35°C |
25°C |
サンプル濃度 |
50 mg/mL |
30 mg/mL |
注入量 |
100 µL |
100 µL |
表10. ティーツリーオイルおよびラベンダーオイルからそれぞれテルピネン-4-オールおよびリナロールを精製するのに使用した SFC分取条件
分析法はアイソクラティックであったため、スタックインジェクションを使用して分取効率を最大限にしました。クロマトグラフィーに基づくと、サイクル時間はティーツリーオイルで約3分、ラベンダーオイルで2分でした。スタックインジェクションを使用して得られたキラル精製を図37に示します。この場合、50mgのティーツリーオイルが40分未満で分取され、30mgのラベンダーオイルが30分未満で分取されました。
図37. (A)ティーツリーオイルおよび(B)ラベンダーオイルのスタックインジェクションと分取を示すクロマトグラム
フラクション分析を図38に示します。この場合、3つのフラクションすべてで純度が92%を上回っていました。分取試験はテルピネン-4-オールとリナロールのラセミ体標準物質を使用して実施し、回収率は70~80%でした。通常これは非常に低い回収率が報告されることを考えると注目に値することでした。
図38. ティーツリーオイルおよびラベンダーオイルのフラクションのフラクション分析
https://www.waters.com/waters/library.htm?cid=511436&lid=134802066 22
UV検出を用いた精製の場合、ピークを検出器で区別することができません。多くの化合物は同じ波長を吸収します。質量分析計を用いた精製では質量情報に基づいてフラクションを分取します。質量情報はターゲットとその他の不純物を区別できるため、非常に特異性の高いパラメーターです。原薬が合成される場合、中間体が不純物として最終生成物に含まれることがあります。
イマチニブは、複数のがんの治療で使用されるチロシンキナーゼ阻害薬です。以下では、イマチニブの合成において、反応中間体および最終生成物を精製しました。最初のステップでは、3種類のアキラルカラムとメタノールを水酸化アンモニウムの添加剤ありとなしで用いて混合物をスクリーニングしました。スクリーニングの結果を図39に示します。水酸化アンモニウムを用いたBEH2-EPカラムとメタノールがスケールアップの最適な分析法パラメーターとして選択されました。
図39. 共溶媒としてメタノール(左)および0.3%水酸化アンモニウムを添加したメタノール(右)を使用した最初のカラムスクリーニング実験。カラムは、1.7µmの粒子を充塡した2.1×50mmACQUITYUPC2カラムを用いました。スクリーニンググラジエントは、流量1.5mL/min、2分間で4~40%でした。温度は40°C、背圧は1,800psiに設定されました。
スケールアップのための分離を最適化するために、中間体と生成物について別々にフォーカスグラジエントを開発しました。溶出時の共溶媒の濃度は、スクリーニンググラジエントの傾きおよび目的の各ピークの保持時間に基づいて算出しました。中間体は共溶媒が 14% で溶出され、生成物は共溶媒が 29% で溶出されました。2 分間のフォーカスグラジエントはこれらの割合を中心に開発し、5% 低い比率から開始して 5% 高い比率で終了しました (図40)。
スケールアップでは、同じカラムケミストリーを使用し、カラム長と粒子径の比率(L/dp)は一定に保ちました。1.7µmの粒子を充塡した3.0×50mmの分析カラム(L/dp=29.4)を、5µmの粒子を充塡した19×150mmの分取カラム(L/dp=30)にスケールアップしました。スケールアップ後のクロマトグラフィー(フォーカスグラジエント)および質量情報に基づく分取を図41に示します。図42は生成物であるイマチニブおよび中間体のフラクションの分析です。
図42. 中間体(上)およびイマチニブ生成物(下)のフラクション分析。最初の分析スクリーニングパラメーターは、2分間で4~40%の共溶媒グラジエントを使用しました。