Xevo™ MRT QTof を使用したエイコサノイドの高感度でハイスループットの LC-MS 分析
要約
プロスタグランジン E2(PGE2)、プロスタグランジン D2(PGD2)、プロスタグランジン F2α(PGF2α)などのプロスタグランジン(PG)とトロンボキサン B2(TXB2)には様々な生理的機能および病態生理的機能があり、疼痛、発熱、アレルギー反応を示します。UltraPerformance LCTM と組み合わせた Xevo MRT QTof を使用することで、4 桁をカバーするダイナミックレンジが得られました。検出限界の例として、ロイコトリエン B4(LTB4)の LOD と LOQ はそれぞれ 0.05 ng/mL 未満(オンカラムで 0.00015 ng 未満)および 0.1 ng/mL(オンカラムで 0.0003 ng)となります。PGD2 の場合、LOD と LOQ はそれぞれ 0.1 ng/mL(オンカラムで 0.0003 ng)および 0.5 ng/mL(オンカラムで 0.0015 ng)でした。3 回の繰り返し注入において、低濃度、中濃度、高濃度で良好な再現性が得られ、繰り返し注入にわたるピーク面積の再現性は CV 3.5% 未満でした。卓越した質量精度と分解能が認められ、例えば PGD2(C20H32O5)の理論的 m/z [M-H] は m/z 351.2770、質量誤差は -0.05 ppm、分解能は 69000 FWHM でした。RMS は通常 1 ppm 未満で、これによって確実な同定が可能になります。データ解析は waters_connect を使用して簡単に実施できますが、Lipostar や Skyline などのサードパーティ製ソフトウェアも適用できてワークフローの柔軟性が高まります。
アプリケーションのメリット
Ultra Performance LC と組み合わせた Xevo MRT QTof により、シンプルで頑健な取り込み戦略が実現し、質が高く包括的なデータが迅速かつ効率的に得られます。Xevo MRT MS は重要な機能を備えており、特に高レベルの感度、質量精度、質量分解能をハイスループット分析法と組み合わせる必要があるメタボロミクス・リピドミクスの研究に最適です
- 小さい設置面積でラボの効率が向上
- 高い分解能/スキャン速度
- 高感度
- 広いリニアダイナミックレンジ
- 優れた質量精度
はじめに
炎症性疼痛の特徴として、とりわけ末梢組織および脳や脊髄などの中枢神経系組織のシクロオキシゲナーゼ(COX)経路からのエンドカンナビノイド、プロスタグランジン(PG)、トロンボキサン、ロイコトリエンなどの脂質メディエーターの放出が見られることが研究により示されています1。 PGE2、PGD2、PGF2α などのプロスタグランジンとトロンボキサン B2(TXB2)には様々な生理的機能および病態生理的機能があり、疼痛、発熱、アレルギー反応を示します2。 COX エイコサノイドの血中濃度の動的変化のモニタリングは、異性体バリアントの存在量が多く、生体サンプル中の存在量が少ないために複雑になります3。 一般的なエイコサノイドの構造を図 1 に示します。
これらの脂質の測定はこれまで、放射測定法や酵素免疫測定法を使用して行われてきましたが、これらの分析法は選択性がないため、限られた数の化合物のみが対象でした4。 ガスクロマトグラフィー(GC-MS)分析法も使用されましたが、誘導体化などの複雑な手順が必要です。最近では、液体クロマトグラフィー(LC)とタンデム四重極型質量分析法(MS)の組み合わせが使用されています。2005 年に Schmidt らは、LLOQ がそれぞれ 25 pg/mL および 50 pg/mL であるラットのマイクロダイアリシスサンプル中の PGE2 および PGD2 を定量するための LC-MS/MS 分析法をバリデーションしました5。同様に、ヒトの血漿検体や痰検体中の LTB4 を定量したより最近の試験では、バリデーションされた分析法を使用して PGE2 および PGD2 を測定していますが、その定量限界は小膠細胞中でそれぞれ 0.2 ng/mL および 0.078 ng/mL でした6。
本稿では、Xevo MRT 質量分析計と組み合わせた UltraPerformance LC(UPLC™)を使用する場合の主なメリットを説明します。質量分析計の感度の向上と広いダイナミックレンジにより、データ取り込みと分析が合理化されたワークフローが開発され、タンデム四重極レベルの感度に加えて質量精度と質量分解能が高いというさらなるメリットが得られました。柔軟性をさらに高めるために、Lipostar 2 や Skyline などのサードパーティ製ソフトウェアを使用してデータを分析することも可能です7。
実験方法
サンプル前処理
LTB4、PGF2α、PGE2、PGD2、6-ケト-プロスタグランジン F1α(6-ketoPGF1α)、TxB2(Caymans Chemicals、米国ミシガン州アナーバー)を含む 1000 ng/mL の混合液を使用して、メタノール中 1000 ng/mL ~ 0.05 ng/mL の 14 ポイントの検量線を以下のように作成しました。
サンプル前処理テーブル
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY Premier フロースルーニードル(FTN)UltraPerformance LC |
バイアル: |
品質保証ガラス製スクリューネックマキシマムリカバリーバイアル(製品番号:186000326c) |
カラム: |
CORTECS™ T3 カラム、120 Å、1.6 µm、2.1 mm × 50 mm、1 本入り - 製品番号:186008497 |
カラム温度: |
35 ℃ |
サンプル温度: |
8 ℃ |
注入量: |
3 µL(ESI-) |
流量: |
0.6 mL/分 |
移動相 A: |
0.01% ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.01% ギ酸アセトニトリル溶液 |
グラジエントテーブル
MS ソースの設定
変動: |
説明(ネガティブ) |
キャピラリー電圧: |
2.0 kV |
サンプルコーン電圧: |
30 |
イオン源オフセット: |
30 |
イオン源温度: |
120 ℃ |
脱溶媒温度: |
650 ℃ |
コーンガス流量: |
50 L/時間 |
脱溶媒流量: |
600 L/時間 |
ロックスプレー流量: |
10 µL/分 |
TOF 設定
変動: |
説明 |
実験の種類: |
ToF MSe |
スキャンレート: |
10 Hz |
質量範囲: |
50 ~ 1200 Da |
データ形式: |
コンティナム |
コリジョンエネルギー: |
30 ~ 40 eV |
Lockspray 設定: |
シングルモード レファレンス m/z 554.26202 1.5 分間隔、サンプル時間 0.30 秒、キャピラリー電圧 2.5 kV、コーン電圧 30 V |
インフォマティクス
waters_connect™ を使用してデータを収集し、解析しました。次に、mzML ファイルを使用して、Lipostar 2 ソフトウェア(Mass Analytica、スペイン、バルセロナ)および Skyline(MacCoss Lab ソフトウェア、ワシントン大学)に移しました。
結果および考察
検出限界およびダイナミックレスポンス
この試験では、検出限界(LOD)をシグナル/ノイズ比 > 3 のピークと定義し、定量下限(LLOQ)を、シグナル/ノイズ比 > 10 のピークで分析種のレスポンスに再現性があり直線性であると定義しています8。 定量上限(ULOQ)は、検量線で最高濃度のキャリブレーションスタンダードと定義しています。これらの実験の結果は、LOD での感度が優れ(オンカラムで 1 pg 以下)、リニアダイナミックレンジが広いことを示しています。図 2 に、ロイコトリエン B4(LBT4)について得られたデータの例を示します。LOD は、ブランクからどのターゲットの m/z シグナルも抽出されないことに基づいて確認されます。
すべての化合物の検出限界の結果を表 1 にまとめています。異なる注入量を使用する分析法と比較するために、結果には検出限界のオンカラム値も含まれます。
ピーク面積の精度
今回使用した分析法では、3 µL の注入を使用して、低濃度(5 ng/mL)、中濃度(50 ng/mL)、高濃度(500 ng/mL)の 3 回繰り返し注入にわたって、良好な精度が見られました。CV はすべて 3.5% を下回っていました。図 3 に、6-keto PGF1α、PGE2、PGF2α、LTB4、PGD2、TXB2 のレスポンスおよび CV を示します。
分解能/質量精度
QTof 装置の高い質量精度は、真のモノアイソトピック計算値から数 ppm の範囲内に収まるため、質量欠損に基づいて実験式を決定できます。LC-MS Toolkit は、waters_connect 内のアプリケーションであり、これを使用して分析のターゲット化合物の質量分解能と質量精度を評価しました。図 4 から、PGD2(C20H32O5)について得られた分解能は(69000 FWHM)で、m/z 精度が高いことがわかります。質量誤差が小さいため、LC-MS Toolkit の Elemental Composition(元素組成)を使用して、高い i-FIT 信頼スコアが得られました。PGD2 の理論的 m/z [M-H] 付加イオンは 351.2770 です。PGD2 の高エネルギースペクトルから、フラグメントの質量誤差が非常に小さいことが示されており、正確な構造解析が可能になります。
図 5 からわかるように、分析全体にわたって質量誤差値は通常 1 ppm 未満で、すべての化合物について RMS 誤差は 1 ppm 未満でした。この高い質量精度により、より厳格なデータベース検索ウィンドウの適用が可能になり、偽陽性同定の確率がさらに低減します。
サードパーティ製ソフトウェア
多くのラボでは、インフォマティクスとデータパイプラインがすでに整備されています。柔軟性をさらに高めるために、データを広く使用されている mzML 型式に変換して、よく使用されているサードパーティ製ソフトウェアでデータ解析を行うことができます。図 6 に、Skyline を使用して mzML ファイルを解析する方法を示します。DDA データおよび MSe データは、m/z 値を含むシンプルなテンプレートを使用して、mzML ファイルとして Skyline にアップロードして解析することができます。Skyline ウェブサイトで利用できる簡単なチュートリアルに従って検量線を作成しました。Lipostar 2 では、DB Manager モジュールのルールに基づくフラグメンテーションアプローチを使用して、脂質の同定を支援します。図 6(B)に、6-ketoPGF1α の予想フラグメントの例を示す Lipostar データベースと、高質量精度のフラグメンテーションと保持時間に基づいて化合物がどのように同定されるかを示します。
結論
UltraPerformance LC と組み合わせた Xevo MRT QTof を使用して得られた検量線は、4 桁にもわたる広いダイナミックレンジと直線性を示します。この非常に高感度の装置は、ロイコトリエン B4(LTB4)やプロスタグランジン F2α など、このクラスの化合物のほとんどの LOD および LOQ に関して、タンデム四重極装置に匹敵します。LTB4 の LOD と LOQ はそれぞれ 0.05 ng/mL 未満(オンカラムで 0.00015 ng 未満)および 0.1 ng/mL(オンカラムで 0.0003 ng)で、プロスタグランジン D2(PGD2)の LOD と LOQ はそれぞれ 0.1 ng/mL(オンカラムで 0.0003 ng)および 0.5 ng/mL(オンカラムで 0.0015 ng)でした。3 µL を使用した低濃度(5 ng/mL)、中濃度(50 ng/mL)、高濃度(500 ng/mL)の 3 回繰り返し注入において、ピーク面積の再現性は良好であり、さまざまな濃度で CV 3.5% 未満という優れた再現性を示しました。
PGD2 の質量分解能は 69000 FWHM であり、m/z 精度が高いことがわかります。分析全体にわたり、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方で質量精度に優れ、RMS 誤差が小さいため(通常 ≤ ±1.0 ppm)、タンデム四重極装置と比較して、エイコサノイドをより確実に同定することができます。
さらに、高質量精度、高質量分解能、感度のメリットを高速データ取り込みと組み合わせることで、ハイスループットの分析法が可能になり、必要に応じて分析をスケールアップして大規模なコホート試験に対処することができます。
データは Skyline や Lipostar などのサードパーティ製ソフトウェアと互換性があり、このワークフローでは高い柔軟性が得られます。検量線、LOD、LOQ、質量誤差の表を、シンプルなチュートリアルに従うことで簡単に生成できます。
参考文献
- Kidd BL, Urban LA.Mechanisms of inflammatory pain.Br.J. Anaesth.87(1), 3–11, 2001.
- Ricciotti E, FitzGerald GA.Prostaglandins and inflammation.Arterioscler.Thromb.Vasc.Biol.31(5), 986–1000, 2011.
- Tans, R., Bande, R., van Rooij, A., Molloy, B. J., Stienstra, R., Tack, C. J., Wevers, R. A., Wessels, H. J. C. T., Gloerich, J., & van Gool, A. J. (2020).Evaluation of cyclooxygenase oxylipins as potential biomarker for obesity-associated adipose tissue inflammation and type 2 diabetes using targeted multiple reaction monitoring mass spectrometry.Prostaglandins Leukotrienes and Essential Fatty Acids, 160.https://doi.org/10.1016/j.plefa.2020.102157.
- Billy J. Molloy, Targeted UPLC-MS/MS Analysis of Oxylipins, Waters application note, 720007030.2020.
- Schmidt R, Coste O, Geisslinger G. LC–MS/MS-analysis of prostaglandin E2 and D2 in microdialysis samples of rats.J. Chromatogr.B Analyt.Technol.Biomed.Life Sci.826(1–2), 188–197 (2005).
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- Laura Goracci, Sara Tortorella, Paolo Tiberi, Roberto Maria Pellegrino, Alessandra Di Veroli, Aurora Valeri, and Gabriele Cruciani (2017) LipoStar, a Comprehensive Platform-Neutral Cheminformatics Tool for Lipidomics, Analytical Chemistry 2017 89 (11), 6257–6264, DOI: 10.1021/acs.analchem.7b01259.
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720008647JA、2024 年 12 月