頑健かつ感度の高いトリプル四重極 LC-MS/MS 分析法を使用した、精油に含まれる 16 種のフラノクマリンの同時定量
要約
フラノクマリンは、一般的に幅広い植物種や柑橘類の果実で検出される多様なクラスの天然物です。柑橘類の果実の油性抽出物は、化粧品や香水などの消費財に一般的に使用されており、フラノクマリンは光毒性と関連付けられているため、安全性の懸念が生じています。このアプリケーションノートでは、Xevo™ TQ-XS を使用した、1 サンプルあたり 15 分で行える、頑健かつ感度の高い UPLC-MS/MS 定量法を実証しています。この分析法は、6,7-ジヒドロキシベルガモチン(5 ~ 1000 ng/mL)以外のすべてのフラノクマリンについて 0.5 ~ 1000 ng/mL の範囲で優れた直線性を示し、R2 >0.998、残差 < 22.5% でした。すべての化合物で定量限界(LOQ) 0.5 ng/mL が達成され、6,7-ジヒドロベルガモチンの LOQ は 5 ng/mL でした。ACQUITY™ UPLC™ CSH™ Fluoro-Phenyl カラムで 4 つの異性体対が十分に分離されました。マトリックス効果試験により、オレンジ精油マトリックス内のフラノクマリンにわずかなマトリックス効果が見られました(<30%)。また、さまざまな精油サンプルでのフラノクマリンの定量に溶媒検量線を使用できることがわかりました。現在確立している分析法は、希釈法を使用することで、欧州連合規制が提唱している規制限界 1 mg/kg を十分満たします。
アプリケーションのメリット
- ACQUITY UPLC I-Class に Xevo TQ-XS トリプルまたはタンデム四重極質量分析計を組み合わせて用いることで、精油サンプルに含まれる 16 種のフラノクマリンを正確に定量できる、迅速かつ頑健で感度の高い分析法が開発されました。
- ACQUITY UPLC CSH Fluoro-Phenyl カラムにおいて、フラノクマリン混合物に含まれる 4 つの異性体対の分離が容易に達成できました。これにより、同様の MRM トランジションを持つ各異性体の選択的かつ特異的な同定および正確な定量が可能になります。
- オレンジ精油マトリックス中の低、中、高濃度のフラノクマリン(10、100、1000 ng/mL)について、大きなマトリックス効果は観察されませんでした。そのため、溶媒検量線を使用して、精油サンプル中のフラノクマリンが定量でき、正確な定量に必要なステップが簡素化されます。
- 開発された分析法では 6,7-ジヒドロキシベルガモチン(LOQ 5 ng/mL)を除く 15 種のフラノクマリンについて LOQ 0.5 ng/mL を達成できました。これは、欧州規則(EC)No 1223/2009 の下限 1 mg/kg よりも低い値です。
はじめに
フラノクマリンまたはフロクマリンは幅広い植物種およびグレープフルーツ、レモンなどの柑橘類の果実で検出される多様なクラスの天然物です1。 化粧品や香水、日焼け止め、タンニング処方、シャンプーなどの消費財に柑橘類の果実の抽出油が多く使用されているため、フラノクマリンの存在が問題となる場合があります2。 以前の研究に基づき、光毒性という性質のため、医薬品の代謝に影響を与えたり、急性発疹の原因となるなど、安全上の懸念が生じています3。 そのため、さまざまなソースに潜在的に存在する化合物についてのモニタリングが必要になります。
フラノクマリンは、欧州連合では、化粧品に関する欧州規則(EC)No.1223/2009 で規制されています。Annex II の Entry 358 では、天然の精油または抽出物由来の場合以外、直接添加されたフラノクマリンは禁止されています。日焼け止めおよびタンニング処方に含まれるフラノクマリンの合計量は 1 mg/kg に制限されています4。フラノクマリンの分析に用いられる一般的な分析法として、分光(UV など)検出5またはマススペクトル(MS)検出を組み合わせた高圧液体クロマトグラフィー(HPLC)があります2。柑橘系精油中のフラノクマリン濃度では、HPLC-UV および LC-MS の両方を使用した直接分析が可能ですが、化粧品中の場合は低濃度であることから、化粧品にはタンデム四重極 LC-MS/MS などのより選択的で感度の高い分析テクノロジーが必要です。
2007 年、国際香粧品香料協会(IFRA)は、フラノクマリン群のマーカー化合物として 6 種の分析種(ベルガプテン、ベルガモチン、ビアカンゲリコール、エポキシベルガモチン、イソピンピネリン、オキシポイセダニン)を提案しました。マーカーは、柑橘系精油中の全体的な存在量(多くの場合1000 ppm 超)と濃度に基づいて選択されています6。このアプリケーションノートでは、UPLC に Xevo TQ-XS を組み合わせて使用し、精油に含まれる 16 種のフラノクマリンの定量向けの迅速かつ感度の高い分析法を開発しました。
実験方法
試料および分析法
検量線用の標準試料の調製
16 種のフラノクマリン標準試料の混合物(Supelco、93102)のアセトニトリル溶液(各 250 mg/kg)を使用して、溶媒検量線およびマトリックスマッチド検量線を作成しました。0.5、1、5、10、50、100、500、1000 ng/mL への連続希釈により 8 点検量線を作成し、アセトニトリルを溶媒検量線、ブランクのオレンジ精油をマトリックスマッチド検量線に使用しました。
精油のサンプル前処理
精油サンプル(グレープフルーツ)をアセトニトリルで 100 倍希釈し、LCMS に注入しました。
マトリックス効果試験のサンプル前処理
16 種のフラノクマリン標準試料混合物(Supelco、93102)をアセトニトリルを用いて 10、100、1000 ng/mL に希釈し、オレンジ精油ブランクマトリックス(Supelco、PE05354)で溶媒およびマトリックスのそれぞれの中にスバイクサンプルを作成しました。
クロマトグラフィー条件
LC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class |
カラム: |
ACQUITY UPLC CSH Fluoro-Phenyl、2.1 × 100 mm、1.7 µm(製品番号:186005352) |
カラム温度: |
40 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
注入量: |
1 µL |
流速: |
0.4 mL/分 |
移動相 A: |
0.1% ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1% ギ酸アセトニトリル溶液 |
グラジエントテーブル
質量分析条件
MS システム: |
Xevo TQ-XS |
イオン化モード: |
ESI+ |
脱溶媒温度: |
400 °C |
脱溶媒ガス流量(L/時間): |
1000 |
コーンガス流量(L/時間): |
150 |
イオン源温度: |
130 ℃ |
キャピラリー電圧: |
1 kV |
データ管理
クロマトグラフィーソフトウェア:
|
MassLynx™ v4.2 |
MS ソフトウェア: |
MassLynx v4.2 |
定量ソフトウェア: |
TargetLynx™ |
MRM トランジションの設定
時間セグメントによる MRM トランジションモードを使用して、各フラノクマリンにつき 2 つのトランジションを含むデータを回収しました。化合物の MRM トランジションおよびコーン電圧やコリジョンエネルギーなどのそれぞれのパラメーターを、注入ベースの QuanOptimize を使用して最適化しました。表 1 内の * 印のついたトランジションは定量イオンです。最適化の間、ビアカンゲリシンのフラグメントイオン(m/z 317)の感度が親イオン(m/z 335)よりも高いことが観察されました。そのため、Q1 のプリカーサーイオンとして m/z 317 を使用しました。
結果および考察
ACQUITY UPLC CSH Fluoro-Phenyl カラムの分離能
フラノクマリンの異性体対を含む 16 種のフラノクマリンが、ACQUITY UPLC CSH Fluoro-Phenyl カラムで 15 分の分析時間で十分に分離されていました。異性体対の中には、インペラトリンやイソインペラトリン、ヘラクレニン、オキシポイセダニンなど、同じ MRM トランジションを持つものがありました。そのため、正確な定量にはピークが十分に分離されていることが不可欠になります。異性体対の保持時間は、100 ng/mL の個別のフロクマリン標準試料を使用して確認されました。表 2 に 4 つの異性体対の化学構造およびそれぞれのクロマトグラムを示します。1 mg/mL のフラノクマリン標準試料混合液のクロマトグラム全体を図 1 に示します。
装置の直線性、正確性、精度、感度
表 3 に記載した絶対検量線は、3 つの個別の検量線のキャリブレーションポイントの平均を取ったものです。リニアダイナミックレンジが 5 ~ 1000 ng/mL の 6,7-ジヒドロキシベルガモチン以外のすべてのフラノクマリンのリニアダイナミックレンジは 0.5 ~ 1000 ng/mL(3 桁)でした。すべての分析種について線形回帰 R2 が 0.998 を超え、残差は < 22.6% でした。フラノクマリンの検量線および残差の例を図 2 に示します。これにより、Xevo TQ-XS と ACQUITY I-Class の組み合わせを用いたフラノクマリンの定量において、装置の直線性および正確性が優れていることがわかります。
10 を超えるシグナル対ノイズ比が得られる化合物の最低濃度である LOQ もこの試験で確立されました。6,7-ジヒドロキシベルガモチンを除くすべてのフラノクマリンの LOQ は 0.5 ng/mL でした。6,7-ジヒドロキシベルガモチンの LOQ はその 10 倍の 5 ng/mL でした。LOQ レベルのクロマトグラムを図 3 に示します。
装置の精度試験を、各キャリブレーションレベルにおいて 3 回の繰り返し注入で実施しました。最も低いキャリブレーションレベルでのピーク面積の %RSD は < 15% で、LOQ における良好な装置精度を示しました。%RSD の結果を表 3 にまとめています。
フロクマリンに対するオレンジ精油のマトリックス効果の評価
オレンジ精油がフラノクマリンに及ぼすマトリックス効果を評価し、実際のサンプル中のフラノクマリンの定量に、溶媒検量線とマトリックスマッチド検量線のいずれを使用するかを判定しました。マトリックス効果は、溶媒に対し、ブランクのオレンジ精油マトリックスにスパイクしたフラノクマリンのピーク面積に基づいて計算しました。実際の精油サンプル中のフロクマリンのレベル(低、中、高)を反映するため、フラノクマリンを 10 ng/mL、100 ng/mL、1000 ng/mL になるようにスパイクしました。図 4 に、溶媒中およびオレンジ精油マトリックス中の 10 ng/mL のソラレンおよび 6,7-ジヒドロキシベルガモチンの例を示します。表 4 に、オレンジ精油サンプルマトリックス中のフラノクマリンのマトリックス効果をまとめています。
全般的に、ほとんどのフラノクマリンで観察されたマトリックス効果はわずかで、低レベルのフラノクマリンでマトリックス効果がより顕著でした。ほとんどの分析種でマトリックス効果が 130% 未満なので、3 種類の濃度のフラノクマリンでマトリックス効果はわずかであり、溶媒検量線を使用することで、実際の精油サンプル中のフラノクマリンを正確に定量できるはずです。
精油サンプル中のフラノクマリンの定量
グレープフルーツ精油中のフラノクマリンは、非常に広範な濃度(0.09 ~ 196 mg/mL の範囲)で存在していました(図 5 および表 5)。Xevo TQ-XS の幅広いリニアダイナミックレンジ(最大 3 桁)により、サンプル中に存在するさまざまな濃度範囲の分析種を正確に定量することが可能になり、サンプル前処理が簡素化されるとともに分析にかかる時間と費用を削減できます。
この試験において、マトリックスマッチド検量線および溶媒検量線の両方が確立されました。グレープフルーツ精油サンプルをアセトニトリルで 100 倍希釈し、フラノクマリンの実際の濃度を、溶媒検量線およびマトリックスマッチド検量線の両方に照らして定量しました(表 5)。溶媒検量線およびマトリックスマッチド検量線によって定量した実際の濃度との差は 30% 未満でした。結果はマトリックス効果試験と一致しており、マトリックス効果は非常に小さく、精油サンプル中のフラノクマリンの定量に溶媒の標準キャリブレーションが使用できることが示唆されました。
結論
フラノクマリンは光毒性という性質を持つため、消費財におけるフラノクマリンの正確な定量が不可欠です。Xevo TQ-XS システムと組み合わせた ACQUITY I-Class で、16 種のフラノクマリンを迅速にスクリーニングおよび定量するための時間セグメントによる MRM メソッドが開発できました。ACQUITY UPLC CSH Fluoro-Phenyl カラムを用いて 4 つのフラノクマリン異性体対が十分に分離され、各異性体の正確な定量が可能になりました。この試験では、フラノクマリンについて、優れた装置の正確性、精度、リニアダイナミックレンジが確立されました。また、この装置は、6,7-ジヒドロキシベルガモチン(5 ng/mL)を除くすべてのフラノクマリンについて、LOQ 0.5 ng/mL を達成する機能を持つことが証明されました。
フラノクマリンに対するオレンジ精油のマトリックス効果も単純な希釈を用いて調査しました。さまざまなスパイク濃度のフラノクマリンにわたって、わずかなマトリックス効果が観察されました(<130%)。このことは、マトリックス効果がわずかであることを示唆しており、溶媒検量線およびマトリックスマッチド検量線を使用した精油サンプルの定量で確認されました。グレープフルーツ精油に含まれるフロクマリンの濃度は 0.09 ~ 196 mg/mL の範囲であり、溶媒検量線およびマトリックスマッチド検量線で測定された実際の濃度との差は 30% 未満でした。
このメソッドが確立されたことにより、迅速でシンプルなサンプル前処理手法で精油サンプルを定量できるとともに、欧州規則(EC)No 1223/2009 で提案されている規制限界 1 mg/kg を満たすことができます。
参考文献
- Dugrand-Judek, A., Olry, A., Hehn, A., Costantino, G., Ollitrault, P., Froelicher, Y., & Bourgaud, F. (2015).The Distribution of Coumarins and Furanocoumarins in Citrus Species Closely Matches Citrus Phylogeny and Reflects the Organization of Biosynthetic Pathways.PLOS ONE, 10(11).https://doi.org/10.1371/journal.pone.0142757.
- Kreidl, M. et.al., Determination of Phytotoxic Furanocoumarins in Natural Cosmetics Using SPE With LC-MS.Analytical Chimica Acta, 2020, 1101, 211–221.
- Christensen L.P., Watson, R.R., Preedy, V.R., Zibadi, S. (Eds).Polyphenols and Polyphenol-Derived Compounds and Contact Dermatitis, Polyphenols in Human Health and Disease.Academic Press, San Diego, 2014, pp 793–818.
- Official Journal of the European Union, Regulation (EC) No 1223/2009 on Cosemetic Products, 30 Nov 2009.
- Li, G.-J., Wu, H.-J., Wang, Y., Hung, W.-L., & Rouseff, R. L. (2019).Determination of Citrus Juice Coumarins, Furanocoumarins and Methoxylated Flavones Using Solid Phase Extraction and HPLC With Photodiode Array and Fluorescence Detection.Food Chemistry, 271, 29–38.https://doi.org/10.1016/j.foodchem.2018.07.130.
- International Fragrance Association, Brussels, Information Letter 799 Furocoumarins in Finished Cosmetic Products, 2008.
720007739JA、2022 年 10 月