融合タンパク質は、血漿の半減期延長や治療効果の持続などの利点があるバイオ医薬品の新たなモダリティです。融合タンパク質のグリコシル化は、医薬品の安全性、有効性、および薬物動態に影響を及ぼす場合があり、製品の品質を確保するために、開発プロセス全体を通して十分な特性解析とモニタリングを行う必要があります。融合タンパク質は、モノクローナル抗体(mAb)と比較して、一般に分子構造と糖鎖プロファイルの複雑さが増しています。さらに、mAb の糖鎖解析用に一般的に開発されている従来の方法は、融合タンパク質には適さない場合があります。ここでは、高レベルのジスルフィド結合と複雑な糖鎖プロファイルを含む融合タンパク質の UPLC/FLR-MS ベースの N 型糖鎖解析のために最適化したサンプル前処理法の開発について報告します。
融合タンパク質は、モノクローナル抗体(mAb)と比べて、血漿の半減期延長や治療効果の持続などの利点があるバイオ医薬品の新たなモダリティです1。主要なクラスの融合タンパク質は一般に、構造的に、IgG Fc 領域、および受容体またはリガンドに由来するターゲット結合領域で構成されています2。互いに密接に関連している mAb と比べ、Fc 融合タンパク質には通常、追加のグリコシル化部位があり、ターゲット結合領域の糖鎖構造が複雑であるため、糖鎖プロファイルがより複雑になります。N-グリコシル化レベルは、融合タンパク質医薬品の安全性、有効性、および薬物動態に影響を及ぼす可能性があるため、糖鎖プロファイルの正確な特性解析とモニタリングが、製品の品質と一貫性を保つために非常に重要になります2。タンパク質バイオ医薬品における N-グリコシル化の詳細な情報を得るための有効な方法として、誘導体化および LC-蛍光(FLR)-MS による遊離糖鎖解析が用いられてきました。しかし、融合タンパク質に一般的に見られる重度のジスルフィド結合が、内部に埋もれたグリコシル化部位へのペプチド-N-グリコシダーゼ F(PNGase F)のアクセスを妨げ、その結果、糖鎖の遊離が不完全になる場合があります。このようなジスルフィドリッチ構造は、複雑な糖鎖プロファイルに加え、mAb ベースの遊離糖鎖解析ワークフローを適用する際の課題となっています。そのため、ジスルフィドリッチ融合タンパク質の N-グリコシル化の特性解析とモニタリングを改善するために、遊離糖鎖解析の効率的なワークフローが非常に強く求められています。
ここでは、Waters GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan キットのプロトコルを調整し、高レベルのジスルフィド結合と複雑な糖鎖プロファイルを有する融合タンパク質の UPLC-FLR-MS ベースの N 型糖鎖解析を改善するための新しいサンプル前処理法を報告します。迅速な遊離・標識キットとして Waters GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan キットを選択しました。このキットは、遊離 N 型糖鎖の FLR および MS 検出における大幅なシグナル強度の向上を維持しつつ、最小限のプロトコルの変更で、ジスルフィドリッチ融合タンパク質に容易に適応させることができます3。 調整されたプロトコルの一環として、変性ステップに還元剤を添加してジスルフィド結合を還元し、PNGase F 酵素が N 結合糖鎖にアクセスしやすくなるようにしました(図 1)。この改良したサンプル前処理法を、BioAccord System による効率的な LC-FLR-MS 遊離糖鎖ワークフロー4 と組み合わせることで、ジスルフィドリッチ融合タンパク質の開発および製造プロセス全体にわたって N 型糖鎖解析の精度と効率を向上させることができます。
*高い再現性と使いやすさを実現するために秤量不要形態の DTT および TCEP を使用しました。TCEP は、使用前に NaOH で中和しました。
*サンプル前処理の詳細については、ジスルフィドリッチタンパク質用の GlycoWorks クイックスタートプロトコル(720006992EN)を参照してください。
LC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class PLUS |
検出: |
ACQUITY FLR 検出器(λ励起波長 = 265 nm、λ蛍光波長 = 425 nm、2 Hz) |
バイアル: |
MaxPeak HPS を採用した QuanRecovery 300 µL バイアル(製品番号 186009186) |
カラム: |
ACQUITY Glycan BEH Amide カラム、1.7 µm、130 Å、2.1 × 150 mm |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
6 ℃ |
注入量: |
10 µL(2.5 pmol) |
シール洗浄溶媒: |
20% アセトニトリル水溶液 |
移動相 A: |
100 mM NH4HCO2 水溶液 |
移動相 B: |
アセトニトリル |
MS システム: |
ACQUITY RDa 質量検出器 |
イオン化モード: |
ESI ポジティブ |
取り込み範囲: |
50~2000 m/z |
キャピラリー電圧: |
1.5 kV |
コーン電圧(CV): |
45 V |
フラグメンテーション CV: |
70~90 V |
インフォマティクス: |
waters_connect の UNIFI v1.9.4 |
ワークフロー: |
「糖鎖 FLR および MS 確認」ワークフロー |
融合タンパク質は、その設計上の副生成物として、ジスルフィド結合や糖鎖修飾部位が多いなど、mAb よりも構造が複雑な場合が多いことから、遊離 N 型糖鎖の分析用に最適化したサンプル前処理が必要です。N 型糖鎖の遊離を最適化するため、28 組のジスルフィド結合と計 6 つの N-グリコシル化部位を持つ融合タンパク質を、複雑なバイオ医薬品のサロゲート分子の代表として選びました。現在利用できる N 型糖鎖遊離法を適用できるかどうかを、Waters GlycoWorks RFMS N-Glycan キットを用いて評価しました。界面活性剤 RapiGest SF を用いて 90 ℃ で 3 分間変性した後、Rapid PNGase F を用いて 55 ℃ で 5 分間脱グリコシル化を行いました。糖鎖遊離の収量を直接測定するため、脱グリコシル化したタンパク質の一部を、インライン FLR 検出機能を備えた BioAccord LC-MS システムで、逆相クロマトグラフィー(RPLC)-MS により分析しました。図 2A に示すように、2 つのピークに分離され、軽鎖(約 22.8 kDa)と重鎖(約 65.8 kDa)と同定されました。重鎖の ESI+ MS スペクトル(図 2B)において、m/z 1,500 ~ 2,500 の範囲で低レベルの MS レスポンスが観察されました。これにより、変性が不完全であり、PNGase F がグリコシル化部位にアクセスできないために、部分的に脱グリコシル化されている可能性が示されています。完全なタンパク質変性を行うため、ジスルフィド結合を還元するための還元剤として、8 M グアニジン塩酸塩(GdnHCl)と 5 mM DTT を用い、従来のメソッドを評価しました6。 室温で 30 分間インキュベーションした後、変性した融合タンパク質をヨードアセトアミドでアルキル化し、酵素活性に対する GdnHCl の影響を最小限に抑えるために消化バッファーにバッファー交換し、37 ℃ で 16 時間、PNGase F 酵素消化を行いました。脱グリコシル化を行ったタンパク質の RPLC-MS 分析では、MS スペクトル(図 2C)にインタクトタンパク質(不均一な糖鎖が結合している)は認められず、変性が完全であることが示されました。しかしながら、デコンボリューションした MS スペクトルに、67,157 Da の非グリコシル化型のアルキル化重鎖(図 2C の挿入図)に加えて FA2 (G0F) グリコフォームの質量(68,601 Da)が認められました。このことは、脱グリコシル化バッファー中に界面活性剤が存在しないことにより、脱グリコシル化が不完全であったことを示唆しています。そこで、GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan キットのサンプル前処理プロトコルに対する適合性について、酵素に適した還元剤の評価を行いました。変性ステップにおいて、RapiGest SF と並行して 6 mM トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン(TCEP)を使用することで、ジスルフィド結合がさらに減少しました。さらなる利点として、消化バッファー中に酵素に適した界面活性剤と還元剤が存在することにより、アルキル化やバッファー交換が不要になり、N 型糖鎖の遊離が容易になりました。5 分間の PNGase F とのインキュベーションにより、RPLC-MS 分析における脱グリコシル化したタンパク質は、チャージデコンボリューションした MS スペクトル(図 2D)において、非グリコシル化重鎖の質量と一致する質量 65,844 Da の単一ピークを示しました。これにより、ジスルフィドリッチ融合タンパク質から完全に脱グリコシル化を行うことができ、それに続く LC-FLR-MS 分析で遊離 N 型糖鎖の確実な割り当てと定量が達成できました。
最適化した脱グリコシル化メソッドにより、N 型糖鎖を融合タンパク質から遊離させ、FLR-MS シグナルを強化するタグ RFMS で標識した後、HILIC-FLR-MS 分析を行いました。60 分間のグラジエントを使用し、カスタマイズされた糖鎖構造ライブラリーを用いて計 84 種の糖鎖を分離し、同定しました4。 還元剤が RFMS 標識に及ぼす影響を評価するため、最も存在量の多い糖鎖 FA2 を選んで、元の RFMS 脱グリコシル化メソッドおよび最適化した RFMS 脱グリコシル化メソッドで得られる蛍光レスポンスを比較しました。図 3A に示すように、TCEP を添加すると、FA2 の FLR レスポンスが約 5% 減少し、還元剤の添加により標識効率がわずかに低下することが示唆されました。還元剤の影響を最小限に抑えるために、RFMS とタンパク質の比を 2 倍にしたところ、図 3A に示すように FA2 と同等の回収率が得られました。さらに、溶媒のアクセス性が低い糖鎖(FA3G3S3)の FLR レスポンスが 2 倍に増加したことから、TCEP を使用したことで、PNGaseF 酵素の糖鎖部位へのアクセス性が向上したことが示唆されます(図 3B)。これらのデータから、酵素に適した還元剤により、最小限の RFMS 対タンパク質比の調整によって GlycoWorks RapiFluor-MS 標識プロトコルに適合し、元の標識プロトコルと同等またはより高い検出器のレスポンスが得られることが示されました。
上流および下流でのサンプル前処理法の有用性を拡張するため、より一般的に使用される還元剤 DTT の効果を、糖鎖の標識効率と収量について評価しました。DTT のチオール基は RFMS 試薬と反応して糖鎖標識に影響を及ぼす可能性があるものの、最終濃度 6.5 mM の DTT は、標識と糖鎖遊離において TCEP と同様の影響を与えることが分かりました(図 3A および 3B)。DTT は、使用前に中和する必要がなく、通常はコスト効率が高いため、ルーチン分析環境におけるサンプル前処理のための還元剤として使用する場合、DTT の方が QC により適しています。前述したように、変性ステップに還元剤を取り入れることで、溶媒のアクセスが制限された糖鎖部位への PNGaseF 酵素のアクセスが改善しました。ここでは、相対存在量 0.08% の糖鎖 Man7 について得られた高いシグナル対ノイズ比から分かるように、N 結合型糖鎖の収量が増加し、FLR と MS の両方で低存在量の糖鎖が検出されました(図 3C)。これらの結果により、ジスルフィドリッチで重度にグリコシル化された融合タンパク質の N 型糖鎖プロファイリングにおいて、サンプル前処理法の精度と効率が向上したことが示されました。
医薬品規制調和国際会議(ICH)は、製品の品質と安全性を確保するために、新しいテクノロジーを評価・採用することを推奨し、従来の方法からの移行を容易にする上で比較試験が重要であることを強調しています。バイオ医薬品業界では、FLR 検出のための糖鎖誘導体化に、2-アミノベンズアミド(2-AB)や 2-アミノアントラニル酸(2-AA)などの従来の標識試薬が広く使用されています7。 これらの方法は、高感度の FLR レスポンスを得るのに有効ですが、時間のかかる酵素による脱グリコシル化と FLR 標識を必要とし、使用するサンプル前処理プロトコルは複雑です。バイオ医薬品業界では、効率的で理解しやすく、高感度の代替アプローチを求めてきました。さまざまなサンプル前処理法を用いた N 型糖鎖解析結果の同等性を評価するため、最適化した RFMS ベースの分析法を用いて前処理した糖鎖を、FLR クロマトグラムでの相対ピーク面積に基づいて分離および定量し、糖鎖構造の特性に基づいてグループ化しました。図 4 に示すように、最適化した RFMS サンプル前処理法を用いて、98.3% のフコシル化型、54.3% のシアリル化型、および 1.2% の高マンノース型の糖鎖が得られました。これらの結果は、従来の GdnHCl/DTT 変性および 2-AB 標識を用いた従来の標識法で得られたデータと全体的に同等であり、従来の 2-AB 標識法から最適化した RFMS 法への移行が可能であることを示しています。また、RFMS 誘導体化法では、より高レベルの FA2(または G0 群の G0F)が認められました。このことは、GdnHCl 変性法において FA2 が完全に遊離されなかった図 2C に示す観察結果と一致しています。これらの結果を考え合わせた結果、このサンプル前処理法は、ジスルフィドリッチ融合タンパク質の N 型糖鎖解析用に最適化した RFMS ベースの分析法に容易に適用でき、脱グリコシル化の効率と糖鎖プロファイリングの全体的な精度が向上していることが分かります。
本研究では、ジスルフィドリッチ融合タンパク質の N 型糖鎖解析用の GlycoWorks RFMS N-Glycan キットに基づく迅速なサンプル前処理法を開発しました。還元剤と酵素に適した界面活性剤 RapiGest SF を組み合わせてタンパク質のジスルフィド結合を切断することで、キットに含まれる Rapid PNGase を用いて完全な脱グリコシル化が達成でき、効率的な標識、および HILIC-FLR-MS 分析による RFMS 標識糖鎖の正確な定量を行うことができました。サンプル前処理にかかった時間は全体で 30 分未満でした。RFMS 標識試薬の量比を 2 倍にすることで、標識効率に対する還元試薬の影響が軽減しました。 このアプリケーションノートでは、高レベルのジスルフィド結合を持つ難易度の高いバイオ医薬品タンパク質における N 型糖鎖プロファイリングのための、精度と効率が向上する最適化したサンプル前処理法を示しています。
共同研究者である Merck Serono の Mauro Sassi、Erika Biroro、Nunzio Sepe、Paolo Felici、Angelo Palmese の各氏に、サンプルと構造に関する情報提供に対して感謝いたします。
720007162JA、2021 年 2 月