本アプリケーションノートでは、UPLC をシングル四重極質量分析計(ACQUITY QDa 質量検出器)と組み合わせて使用することで、複雑なエアロゾルサンプルマトリックス中の低濃度のモノカルボニル類を高感度で選択的に分析するための、簡素化したソリューションについて説明します。
電子たばこは、既知の化学組成の E-リキッドを加熱することにより、エアロゾルを使用者に供給するバッテリー使用のデバイスです。E-リキッドには通常、プロピレングリコールおよび/またはグリコールが含まれており、ニコチンおよび香味料が含まれることもあります。加熱の過程で、低レベルのモノカルボニル化合物(ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、アクロレイン、クロトンアルデヒド)などの熱分解産物が生成することがあります。これらのモノカルボニル化合物は、FDA-CTP の最近のガイダンスに基づく E-ベイパー製品検査の対象になっています1。 近年、LC-MS、LC-MS/MS、GC-MS による低レベルのこれらの化合物の分析について、さまざまな分析法が発表されています2-4。 ここでは、電子たばこのエアロゾル中に含まれる低レベルのモノカルボニル類を定量するために開発およびバリデーションされた、簡素化した頑健な LC-MS 分析法について説明します。この分析法を使用すると、遊離カルボニル類は、エアロゾルの採取時に溶液中で DNPH 誘導体に変換されます。この分析には、シングル四重極型質量分析計と組み合わせた UPLC システム(ACQUITY QDa 質量検出器を搭載した ACQUITY UPLC H-Class PLUS システム)を使用します。
従来のたばこの煙中に含まれるカルボニル類の測定に用いられる分析法(CORESTACRM 74 など)では、紫外検出器付き高速液体クロマトグラフィー(HPLC-UV)が使用されます。UV 検出は、従来のたばこのカルボニル類の分析に用いられる頑健で費用対効果が高い、シンプルな分析法ですが、電子たばこの微量レベルのカルボニル類の検出においては、感度および選択性に限界があります。
この新しい UPLC-MS 分析法により、これらの 4 種類のカルボニル化合物をサンプルマトリックス中の干渉物からクロマトグラフィー分離を行い、質量選択的に検出することができ、内部標準試料なしで高い正確性で分析を実施することができます。この分析法は、2005 年の医薬品規制調和国際会議(ICH)のガイドラインである Validation of Analytical Procedures:Text and Methodology Q2(R1)(『分析手順のバリデーション:テキストおよび方法 Q2(R1)』)5 に従ってバリデーションされており、すべてのバリデーション結果は社内許容基準の範囲内でした。全体のキャリブレーション範囲は通常、4 つの分析種すべてに対して 2 ~ 400 ng/mL で、試験を行う市販の電子たばこサンプルのほとんどに対応しますが、下限は必要に応じて 1 ng/mL まで拡張することができます。分析法の定量限界は、4 つの分析種すべてにおいて、バリデーション時のスパイクレベルで定義される 2 ng/mL か、または 50 回のふかしでふかし 1 回あたり 2.9 ngです。これは、文献中の現在の方法の限度範囲 5 ~ 15 ng/mL と比べた際の改善点です。
DNPH(2,4-ジニトロフェニルヒドラジン)誘導体型のモノカルボニル標準試料は、Chem Service 社から標準物質として購入しました。LC-MS グレードのアセトニトリル(Optima)は Fisher 社から購入し、UPLC 移動相として使用しました。標準試料/サンプルの前処理および UPLC 洗浄液には、カルボニルが含まれていない B&J 社のアセトニトリルを使用し、Fisher Scientific 社から購入しました。酢酸アンモニウム(HPLC グレード)は Fisher Scientific 社から購入し、DNPH 塩酸塩は TCI 社から購入しました。トリス-(ヒドロキシメチル)アミノメタン(Trizma ベース)は Sigma Aldrich 社から購入しました。
分析には、ACQUITY QDa 検出器を搭載した Waters ACQUITY UPLC H-Class PLUS システムを使用しました。エアロゾルの採集には、Cerulean CETI-8 電子たばこ試験装置を使用しました。
原液は、まず個々の DNPH 誘導体を正確に秤量し、カルボニル類が含まれていないアセトニトリルに遊離カルボニル濃度が約 200 µg/mL になるように溶解して調製しました。各原液のアリコートを混合して希釈し、濃度が約 5 µg/mL および約 0.2 µg/mL の中間溶液 1 および 2 を調製しました。これらの中間溶液を使用して、遊離カルボニル類について、約 2 ~ 400 ng/mL の範囲の 8 つの異なる濃度のキャリブレーション標準試料を調製しました。バリデーションでは、LOQ(2 ng/mL)でスパイクした結果を定量するために、キャリブレーション範囲の下限を 1 ng/mL まで拡張しました。
この分析法は、CORESTA Recommended Method CRM #74 Determination of Selected Carbonyls in Mainstream Cigarette Smoke by HPLC(CORESTA 推奨分析法 CRM #74:たばこの煙本流中の選択したカルボニル類の HPLC 測定)6に基づいており、電子たばこのエアロゾル分析におけるより高い感度と選択性のニーズに対処するため、抽出溶液、HPLC カラム、検出条件に関して変更を加えたものです7。
一般に、たばこの煙には、電子たばこのエアロゾルよりも高レベルのカルボニル類が含まれています。そのため、DNPH による干渉を低減するために、12 mM ではなく 6 mM の DNPH 抽出液を用いました。また、市販の DNPH 塩酸塩を使用することにより、リン酸を添加しないで、最終溶液の pH を最適化することができました。さらに、DNPH 塩酸塩を用いることで、抽出溶液中のホルムアルデヒドのバックグラウンドレベルが大幅に低減しました。DNPH 抽出溶液は、加熱したアセトニトリル溶液に 2,4-ジニトロフェニルヒドラジン塩酸塩を加え、すべての固体が溶解するまで攪拌して調製しました。等量の脱イオン水を溶液に追加し、最終量まで希釈しました。使用する前に、この溶液を室温まで冷やしました。
電子たばこから出たエアロゾルは、Cerulean CETI-8 電子たばこ試験装置を使用して、それぞれ 35 mL の DNPH 抽出溶液を含む 2 つのガラス製シリアルインピンジャーに直接採集しました。CETI-8 の 1 つのポートは、空気ブランクサンプル用に使用しました。空気ブランクサンプルは、採集ポートに電子たばこがない状態で採集したサンプルです。空気ブランクサンプルは、試験サンプルと並行して抽出・分析します。目的は、試験環境における分析種のバックグラウンドレベルを決定することです。エアロゾル採取後、2 つのシリアルインピンジャーからの誘導体化したカルボニル類が含まれる溶液を合わせ、7 mL アリコートをシンチレーションバイアルに移し、続いて 0.15 mL の 3.9% Trizma ベース水溶液を添加して溶液を中和しました。続いて、0.2 µm ポリプロピレン製フィルターを用いてろ過したアリコートを、オートサンプラーバイアルに移して分析しました。
LC-MS システム: |
ACQUITY UPLC H-Class PLUS(ACQUITY QDa 質量検出器を搭載) |
ソフトウェア: |
Empower 3 |
カラム温度: |
50 °C |
カラム: |
ACQUITY UPLC BEH Shield RP18、1.7 µm、2.1 × 100 mm |
流速: |
0.6 mL/分 |
移動相 A: |
1 mM 酢酸アンモニウム水溶液:アセトニトリル(4:1) |
移動相 B: |
アセトニトリル |
移動相 C: |
0.1% ギ酸含有 1:1 メタノール/水(分析後洗浄用) |
シール洗浄溶媒: |
5% アセトニトリル水溶液 |
サンプルマネージャーパージ溶媒: |
25:75 アセトニトリル/水 |
サンプルマネージャー洗浄溶媒: |
50:50 アセトニトリル/水 |
ソース温度: |
150 °C |
プローブ温度: |
600 °C |
キャピラリー電圧: |
0.8 kV |
イオン化モード: |
ESI |
極性: |
ネガティブ |
サンプリングレート: |
5 ポイント/秒 |
廃液へ転流: |
3.8 分前および 9.5 分後 |
オートサンプラー温度: |
5 ℃ に設定* |
注入量: |
1 µL |
*実際の測定値は、装置の冷却能力によって変わることがあります。 |
一次検量線(曲線 1)は、標準レベル 1 ~ 6(2 ~ 100 ng/mL)で構成されます。これには二次回帰があり、切片をゼロに強制せず、1/x で重み付けしています。高濃度のサンプルを定量するには、標準レベル 3 ~ 8(10 ~ 400 ng/mL)で構成される二次検量線(曲線 2)を使用することができます。これには、線形回帰または二次回帰がある場合があり、切片をゼロに強制せず、1/x で重み付けしています。この場合、Empower ソフトウェアとは異なる定量法(曲線 2 用)を使用して、同じサンプルをもう一度解析することができます。キャリブレーション範囲を超える濃度のサンプルは、アセトニトリル:水 1:1 の溶液を使用してサンプル溶液を希釈することができます。
アセトアルデヒドやアクロレインなどの一部の分析種については、DNPH 誘導体(ヒドラゾン)の立体異性体(E- および Z-)がサンプル中に存在しますが、これらは当社のクロマトグラフィー条件で分離され、最初のピークの方が 2 番目のピークより小さくなります。このような場合、両ピーク面積の合計を定量に使用します。
この分析法は、ノースカロライナ州 Greensboro にある ITG Brands, LLC が、2 台の Waters ACQUITY UPLC H-Class PLUS-QDa システムを用いて、バリデーションした上で市販の電子たばこのルーチン分析に使用しています。
装置の精度の定義は、同じ分析種が含まれている同じサンプルのいくつかの独立した測定間の再現性の程度、、とされています。6 つのシステム適合性サンプル(System Suitability Sample、SSS、中レベルの標準試料の 1 つとして)を 1 台の装置に順に注入しました。濃度および保持時間に関する装置精度のシステム適合性データを下の表 3 に示します。
すべての分析種の濃度の %RSD がすべて 3% 以内で、保持時間についてはすべて 0.1% 以内でした。これらは、良好な装置精度とみなす 5% ~ 0.3% の範囲内です。
両方の検量線から得られた相関係数(R2)はすべて 0.999 を超えていて、社内の許容基準である 0.990 超を満たしており、良好であるとみなされます。
全てのキャリブレーションポイントは理論値の 10% 以内で、すべての標準試料について精度が高いことを示しています。
図 1 ~ 4 に 4 つの分析種すべてについての検量線 1 を示します。
エアロゾルサンプル溶液に、各キャリブレーション範囲で、低、中、高レベル並びに LOQ のレベル(2 ng/mL)において 3 回繰り返しでスパイクしました。エアロゾル中のカルボニル類の濃度は個々の電子たばこの間で非常に異なることが知られているため、バリデーションプロセス時に、異なるポートからのインピンジャー中の溶液をプールし、これらの溶液からアリコートを取り出して、スパイクなしおよびスパイクありのサンプルとして処理しました。エアロゾルは、スクエアパフプロファイルの 2 種類の条件(標準条件レファレンス CRM #81:8 ふかし量 55 mL - ふかし時間 3 秒 - ふかし頻度 30 秒。過酷条件:95-5-30)で採集しました。表 4 および 5 に、スパイク回収率データおよびサンプル繰り返し精度の %RSD が示されています。
*サブレベル 1(1 ng/mL の 1S)を含む追加のキャリブレーション標準試料と異なる検量線を用いて定量した結果。
**結果は曲線 1 で最も高い標準(レベル 6)付近でした。曲線 1 のキャリブレーションの範囲内で定量できたのは繰り返し 2 回のみでした。
回収率は全て 92.1 ~ 119.1% の範囲内であり、社内の許容基準である 100 ± 30% を満たし、試験を行ったサンプルマトリックスに関して良好であるとみなされます。
分析法の定量限界(MLOQ)は、濃度既知のサンプルを分析し、分析種を S/N 基準 10 以上で高い信頼度で定量できる最低レベルを確立することによって決定します。以下の表 6 に、標準レベル 1S/1 での S/N 比が 10 を超えていることが示されています。
図 5 ~ 8 に、2 ng/mL でスパイクした市販の電子たばこサンプルのクロマトグラムを示しています。
この分析法により、UPLC をシングル四重極質量分析計(ACQUITY QDa 質量検出器)と組み合わせて使用することで、複雑なエアロゾルサンプルマトリックス中の低レベルのモノカルボニル類を高感度で選択的に分析するための、簡素化したソリューションが提供されます。 UPLC カラム(ACQUITY UPLC BEH Shield RP18、1.7 µm、2.1 mm × 100 mm)を用いて、CRM で指定されている従来の 5 µm HPLC カラムと較べ、分離が向上し、分析時間が短縮しました。UV 検出器の代わりに質量分析検出器を使用することで、感度および選択性が向上しました。MS 検出の感度をさらに向上させるために、モディファイヤー(酢酸アンモニウム)を添加しました。ACQUITY QDa 検出器でダイバーターバルブを使用することにより、サンプルマトリックスからの質量検出器に対する不要な負荷が低減し、定期メンテナンスの頻度が少なくなります。
予備調査結果によって、この分析法は、E-リキッドの分析に使用することができ、良好な回収率と 2 ng/mL の LOQ が得られることが示されています。この分析法は、微量または検出できないレベルのモノカルボナル化合物も含む無煙加熱式たばこ製品の分析に適用できる可能性があります。
720006979JA、2020 年 7 月