本研究の目的は、新しい EU 飲料水指令 2020 の規制値を下回る飲料水中のアクリルアミドとハロ酢酸の定量のためのダイレクト注入法を実証することです。ACQUITY UPLC I-Class PLUS と Xevo TQ-S micro を用いて、逆相 LC 法で分析法の性能試験を行いました。9 種のハロ酢酸およびアクリルアミド(0.02、0.04、0.08 µg/L)を 3 つのレベル(2、4、30 µg/L)で、塩化アンモニウムを防腐剤として添加したミネラルウォーター中にスパイクし、各レベルにつき 22 回繰り返し測定して分析法の性能を評価しました。すべての平均回収率は 97~102% で、各スパイクレベルでの分析種についての RSD はすべて 8% 未満でした。これは、8 分未満の短い LC-MS/MS 分析時間と 10 µL の注入量を用いて得られた結果です。2 µg/L のハロ酢酸と 0.1 µg/L アクリルアミド含有ミネラルウォーターのキャリブレーション用標準試料を 270 回注入して、ユーザーの介入なしで再現性の試験を行いました。 その結果、RSD は、試験したすべての分析種について、ピーク面積レスポンスについて 10% 未満、保持時間について 1% 未満でした。分析法の性能試験の結果から、最低濃度のキャリブレーション標準試料に基づいて、個々のハロ酢酸の定量限界(LOQ)は 0.5 µg/L、アクリルアミドの定量限界は 0.02 µg/L でした。これらの LOQ は、MCAA、DCAA、TCAA、MBAA、DBAA の合計について 60 µg/L、アクリルアミドについて 0.1 µg/L という新しい EU 飲料水指令の規制値を下回っています。
ハロ酢酸への注目が高まっているのは、ヒトに対する発がん性物質としての危険性のためで1、ハロ酢酸は有機物の存在下にある水の消毒の過程で生成します。アクリルアミドはヒトに対する発がん性物質として認められており2、水道施設(グラウト剤中に存在する)および飲料水の浄化のための凝集剤中のグラウト材から飲料水に混入する可能性があります。
飲料水中の化学的汚染物質に関連するリスクを認識し、管理する必要があるため、飲料水中のハロ酢酸およびアクリルアミド汚染物質を迅速かつ効率的に測定する方法は重要です。世界保健機関(WHO)は 2017 年にガイドラインを更新し3、EU は、更新した EU 飲料水指令で、化学物質汚染に関する新たな基準を設定することになります4。新しい指令は、MCAA、DCAA、TCAA、MBAA、および DBAA を含んでおり(パラメトリック値 60 µg/L)、アクリルアミドの継続的なモニタリングが今後も必要であること(パラメトリック値 0.1 µg/L)を確認しています。米国環境保護庁(EPA)の第 1 種飲料水規制(National Primary Drinking Water Regulations)には 5 種のハロ酢酸(HAA MCL = 60 µg/L)およびアクリルアミド(許容範囲ゼロ)が含まれています5。
ハロ酢酸の一般的な分析法には、サンプル前処理または誘導体化を伴う GC-ECD、GC-MS(/MS)による定量、あるいはイオンクロマトグラフィー-MS(/MS)システムへのダイレクト注入による定量が必要です6、7、8。 当社は、タンデム四重極型質量分析計と組み合わせた逆相液体クロマトグラフィーを利用した、低注入量のダイレクト注入法を開発し、これにはハロ酢酸とアクリルアミドの両方が含まれます。このアプローチにより、サンプル前処理および/または誘導体化の必要性が低減し、それぞれに関連する分析種損失のリスクが低減します。また、長時間のカラム再平衡化を伴う HILIC の使用が不要になり、イオンクロマトグラフィーセパレーションシステムを追加する必要がなくなります。
軟水(英国、Wilmslow)および硬水(英国、York)地域からの水道水サンプル 1 L をいくつか収集し、アプリケーションラボ(Wilmslow、英国)に搬送しました。1 リットルの一般的なミネラルウォーターのサンプルをいくつか購入してマトリックスブランクとして使用しました。
ラボに届いた飲料水サンプルは50 mL ずつに小分けし、防腐剤として塩化アンモニウム 5 mg を加えました1,7。 サンプルは、分析するまで冷蔵庫に 4 ℃ で保管しました。
分析の直前に、50 µL のギ酸を 50 mL のサンプルに加えました。得られた混合液の一部を 2 mL の LC バイアルに移し、同位体標識した内部標準(アクリルアミド d3)を加えてアクリルアミドを定量しました。ハロ酢酸は外部でキャリブレーションし、アクリルアミド-d3 はアクリルアミドのみのための内部標準として用いました。
分析法開発段階の後、ハロ酢酸を指定した低、中、高濃度(2、4、30 µg/L)で、アクリルアミドを指定した低、中、高濃度(0.02、0.04、0.08 µg/L)で、それぞれ 11 回の繰り返しでスパイクした 33 のミネラルウォーターサンプルを含む 2 バッチで構成した分析法の性能試験を行いました。最初のバッチでは、LC-MS グレードの水とミネラルウォーターの両方に加えたキャリブレーション標準試料を分析して、マトリックス効果の評価を行いました。
LC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class PLUS |
バイアル: |
TruView LCMS 品質保証バイアル透明ガラス 12 × 32 mm、スクリューネックバイアル(製品番号:186005666CV) |
カラム: |
ACQUITY UPLC HSS C18、SB 1.8 μm、2.1 × 100 mm(製品番号:186004119) |
カラム温度: |
30 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
注入量: |
10 µL |
流速: |
0.4 mL/分 |
移動相 A: |
0.05% 酢酸水溶液 (LC-MS グレード) |
移動相 B: |
0.05% 酢酸含有メタノール(LC-MS グレード) |
MS システム: |
Xevo TQ-S micro |
イオン化モード: |
ESI+(アクリルアミド用)、ESI-(HAA用) |
取り込み範囲: |
MRM |
キャピラリー電圧: |
両つの極性とも 0.5 kV |
コーンガス流量: |
50 L/時間 |
脱溶媒温度: |
600 ℃ |
脱溶媒ガス流量: |
1000 L/時間 |
ソース温度: |
150 ℃ |
インフォマティクス: |
MassLynx v4.2 |
表 1 に記載した MRM は、本アプリケーションでのハロ酢酸とアクリルアミドの定量および確認に使用した最適化したトランジションを示します。アクリルアミドについてプロトン化したプリカーサーイオンと、MCAA、DCAA、MBAA、BCAA、DBAA について脱プロトン化した親イオンが同定されました。TCAA、BDCAA、CDBAA、TBAA の場合、(M-COOH)-が適したプリカーサーイオンフラグメントとして同定されました。注入実験で得られた質量スペクトルから、安定したソース内フラグメントが同定され、フラグメントイオンの生成に進めました。本アプリケーションノートで示した結果から、これがこれらのハロ酢酸に対する、結果に基づいた妥当なアプローチであることがわかり、このアプローチは、ハロ酢酸に関する文献で報告されている一般的なアプローチでもあります1,6。
収集した飲料およびミネラルウォーターのサンプルは、分析法の性能試験を開始する前に、ハロ酢酸とアクリルアミドの存在についてスクリーニングしました。いずれの水サンプルからもアクリルアミドは検出されませんでした。ミネラルウォーター中にハロ酢酸は検出されませんでした。軟水では、TBAA のみが検出されず、標準試料の添加により定量した残りの 8 種のハロ酢酸は 0.33~11.1 µg/L の範囲の濃度で検出されました。硬水では、DBAA のみが陽性であり、その濃度は標準試料の添加による定量で 0.44 µg/L でした。軟水と硬水の飲料水のサンプルで検出されたレベルはいずれも分析法の性能試験に影響する可能性があるため、代表的なサンプルの種類としてミネラルウォーターを選択しました。水道会社によるサンプル採取をシミュレートするために、塩化アンモニウム(防腐剤)をすべてのサンプル(およびキャリブレーション標準試料)に添加し、ギ酸を分析の直前に添加して現在の慣行を反映させました。
分析種のレスポンスに対するマトリックスの影響を検討しました。表 2 には、「溶媒」標準試料(この場合は LC-MS グレードの水)とマトリックス標準試料(ミネラルウォーター)に対して定量を行った場合の結果の違いを示しています。そのため、水の種類に対するキャリブレーション標準試料へのマトリックス添加は、このアプローチで実施する場合の重要な作戦上の側面です。
分析法の性能を 2 つの分析バッチで評価しました。各バッチは、指定された低、中、高のレベルでハロ酢酸(2、4、30 µg/L)およびアクリルアミド(0.02、0.04、0.08 µg/L)をそれぞれ 11 回の繰り返しでスパイクしたもので構成しました。実験のセクションで説明したように前処理したミネラルウォーターを、分析法の性能試験全体を通じて使用しました。ハロ酢酸については 0.5~80 µg/L、アクリルアミドについては 0.02~0.8 µg/L の範囲にわたって、マトリックス添加のキャリブレーション標準試料をミネラルウォーター中に調製しました。図 1 に、このアプローチで予想される検量線のグラフを示します。すべての決定係数は 0.996 を上回り、検量線のグラフの残差はすべて 15% 以内でした。表 3 に、観察されたキャリブレーションの性能を示します。表 4 に示した分析法の性能の結果を見ると、分析法の性能が飲料水中のハロ酸およびアクリルアミドの定量に適していることがわかります。ミネラルウォーター中に低レベルでスパイクしたすべての化合物について得られたクロマトグラムの例(硬水中への標準試料の添加との比較)を図 2 に示します。分析法の性能試験から、注入した最低キャリブレーションのレベルに基づいて、個々のハロ酢酸の定量限界(LOQ)は 0.5 µg/L、アクリルアミドの定量限界は 0.02 µg/L でした。分析法の性能試験の前に実施した感度試験では、複数の HAA が 0.05 µg/L の濃度で検出されました。これらの LOQ は、MCAA、DCAA、TCAA、MBAA、DBAA の合計で 60 µg/L、アクリルアミドで 0.1 µg/L という新しい EU 飲料水指令(5)の要件を上回っています。
レスポンスと保持時間の安定性は、分析法のバリデーションにおいて調査すべき重要な要因です。この目的のために、2 µg/L のハロ酢酸と 0.1 µg/L のアクリルアミドを含むミネラルウォーターをマトリックスとする標準試料を 270 回注入する再現性試験を継続的に行いました。すべての分析種にわたるピーク面積レスポンスの変動は 10% RSD 以内で、保持時間の安定性はすべての分析種で 0.7% RSD 以内でした。 これらの結果の詳細を表 5 に、いくつかの分析種の保持時間のプロットを図 3 に示します。
分析法の性能試験のデータは、Xevo TQ-S micro と組み合わせた ACQUITY UPLC I-Class PLUS に水サンプルをダイレクト注入することにより、ハロ酢酸とアクリルアミドを定量する分析法が、2020 年後半に発効した EU 飲料水指令の新しい要件を上回ることを示しています4。 9 種すべてのハロ酢酸の定量限界は 0.5 µg/L で、指令では、MCAA、DCAA、TCAA、MBAA、DBAA の合計の規制値は 60 µg/L、アクリルアミドの規制値は 0.1 µg/L とされています。分析法にアクリルアミドを組み合わせることで、分析法の適用範囲が広がり、ラボの効率が向上します。逆相 LC アプローチを使用することで、HILIC 分離を使用する際の潜在的な問題が解消され、ダイレクト注入アプローチをとることができます。標準の UPLC-MS/MS システムと組み合わせることで、この分析には LC や IC 専用の装置が不要になり、270 回以上の注入に実証された分析法の頑健性により、ユーザーが介入せずに、分析法の性能が少なくとも 2 日間にわたって必要な報告レベルを継続的に満たすことが実証されています。科学者は各自のラボの分析法をバリデーションし、その性能が目的に適合しており、また関連の分析コントロール保証システムのニーズを満たしていることを証明しなければなりません。
720007071JA、2020 年 11 月