• アプリケーションノート

COVID-19 を理解する:臨床研究における血漿中の低分子抗ウイルス薬および抗炎症薬の LC-MS/MS 分析

COVID-19 を理解する:臨床研究における血漿中の低分子抗ウイルス薬および抗炎症薬の LC-MS/MS 分析

  • Dominic Foley
  • Lisa J. Calton
  • David Morrissey
  • Waters Corporation

要約

SARS-CoV-2 によって引き起こされた COVID-19 との闘いにおいて、臨床研究者は現在、低分子の抗ウイルス薬および抗炎症薬を転用しようとしています。通常、投薬試験が研究段階で必要であり、薬物動態(PK)および薬力学(PD)がこの過程の主要なパラメーターです。この作業を行いやすくするためには、これらの医薬品候補の探索試験のための分析法が必要です。LC-MS/MS は 1 回の分析で複数の薬物を測定でき、処理時間が短縮されるため、このニーズを満たす定量法です。

血漿中のファビピラビル、レムデシビル (GS-5734)、GS-441524、クロロキン、ヒドロキシクロロキン、デスエチルクロロキン、ロピナビル、リトナビル、デキサメタゾンを、50 µL のサンプルを用いて分析する分析法が開発されました。サンプルを内部標準試料を含む溶液で沈殿させ、上清を希釈してから ACQUITY UPLC I-Class/Xevo TQ-S micro IVD システムに注入しました。CORTECS T3、2.1 mm × 50 mm、2.7 µm カラムを用い、ギ酸アンモニウム、ギ酸、メタノールで構成される移動相を用いてグラジエント溶出し、分離を行いました。

この分析法は、関連する分析種の範囲にわたって、分析的に高感度で直線性があり、精度および真度が高く、抽出効率とマトリックス効果に再現性があることが示されました。血漿中のサンプルの安定性を評価した結果、レムデシビルが含まれているサンプルの劣化を最小限に抑えるには、室温への曝露を制限する必要があることが推察されました。

この分析法は、臨床研究において、低分子の抗ウイルス薬および抗炎症薬を測定できる分析法のための有用な出発点です。

アプリケーションのメリット

  • 簡単なサンプル前処理法による高いサンプルスループットの実現
  • 9 種類の抗ウイルス薬および抗炎症薬の、迅速で堅牢なクロマトグラフィー分離
  • 広いダイナミックレンジでの、Xevo TQ-S micro システムを使用した分析的に高感度の検出

はじめに

COVID-19 パンデミックへの迅速な対応を可能にするために、臨床研究の治験では広範囲の抗ウイルス薬および抗炎症薬の評価が行われています。ウイルスの融合および複製を妨げ、それに続いて起こる炎症反応の過剰刺激を防ぐことにより、これらの薬物を SARS-CoV-2 ウイルスの影響の低減に役立てることができます。現状では一部の新しいより新奇な抗ウイルス薬の薬物動態や薬力学的作用はまだ十分に理解されていないため、これらの転用した薬物の正しい投与計画を把握することは特に重要です。

これらの調査に関連する研究調査を支援するには、精度と真度が高いデータを提供するための適切な分析法が必要です。LC-MS/MS は 1 回の分析で複数の薬物を測定でき、処理時間が短縮されるため、このニーズを満たす定量法です。

血漿中のファビピラビル、レムデシビル (GS-5734)、GS-441524、クロロキン、ヒドロキシクロロキン、デスエチルクロロキン、ロピナビル、リトナビル、デキサメタゾンの LC-MS/MS 分析法を、臨床研究用に開発しました。この分析法では、シンプルな除タンパクを行った後、Xevo TQ-S micro 質量分析計を搭載し、検出機能を備えた ACQUITY UPLC I-Class PLUS システムに注入します。CORTECS 2.7 µm カラムテクノロジーを用いることにより、注入から次の注入までの分析時間 4 分での化合物の迅速な分離が可能になりました(図 1)。その一方で、Xevo TQ-S micro システムの広いダイナミックレンジにより、用量漸増試験におけるこれらの化合物の分析の柔軟性が向上します。

CORTECS T3 2.7 µm カラムを用いた抗ウイルス薬および抗炎症薬のクロマトグラフィー分離
図 1. CORTECS T3 2.7 µm カラムを用いた抗ウイルス薬および抗炎症薬のクロマトグラフィー分離

実験方法

サンプル調製:

50 マイクロリットル(50 µL)の血漿を、内部標準試料を含む 100 µL の 30/70 (v/v) メタノール/0.1M ZnSO4 水溶液で除タンパクしました。これを完全に混合し、4000 g で 5 分間遠心分離しました。注入前に 50 µL の上清を 100 µL の移動相 A で希釈しました。

LC 条件

LC システム:

ACQUITY UPLC I-ClassFL

カラム:

CORTECS T3、2.1 mm × 50 mm、2.7 µm

カラム温度:

45 ℃

サンプル温度:

8 °C

注入量:

15 µL

移動相 A:

10 mM ギ酸アンモニウム、0.2% ギ酸水溶液

移動相 B:

メタノール

分析時間:

3.3 分

グラジエントテーブル

グラジエントテーブル

MS 条件

MS システム:

Xevo TQ-S micro

イオン化モード:

ESI+

取り込みモード:

MRM(マルチプルリアクションモニタリング)、詳細については表を参照

キャピラリー電圧:

0.50 kV

ソース温度:

150 °C

脱溶媒温度:

500 °C

コーンガス:

125 L/時間

脱溶媒ガス:

1000 L/時間

MRM パラメーター

MRM パラメーター

定性パラメーターは括弧内に示します。(*リトナビルについては、ロピナビル-2H8 を内部標準試料として使用します。これは、リトナビル 13C3 標識を使用した場合に、高濃度のリトナビルによる直線性に影響を与える干渉が開発時に観察されたためです。)

データ管理

MS ソフトウェア:

MassLynx v4.2(TargetLynx XS アプリケーションマネージャを搭載)

結果および考察

開発した分析法は、FDA Bioanalytical Method Validation Guidance for Industry 2018 (『産業用 FDA バイオ分析法バリデーションガイダンス 2018』)に従って評価しました1。 クロマトグラフィー分離は、CORTECS T3、2.1 × 50 mm、2.7 µm カラムを用いて行いました。この分析法に適用したグラジエント条件により、ファビピラビル(0.85 分)や GS-441524(1.05 分)などの極性分析種の保持ができるようになりました。一方で、リトナビル(2.76 分)やロピナビル(2.82 分)などの非極性化合物に対するクロマトグラフィー上の選択性も得られました。さらに、レムデシビルを正確に定量するための、レムデシビル-13C6 ジアステレオマー内部標準試料の分離も達成されています(図2)。

レムデシビルとその内部標準試料レムデシビル-13C6 ジアステレオマーのクロマトグラフィー分離
図 2. レムデシビルとその内部標準試料レムデシビル-13C6 ジアステレオマーのクロマトグラフィー分離

この分析法は、全ての分析種に対して直線性を示し、5 回の別個の分析における検量線(重み付け 1/x)は r2 > 0.995 でした。このことは、この分析法には広いダイナミックレンジでこれらの化合物を分析する能力があることを示しています(表 1)。これらの分析種についての本分析法の分析感度を、低濃度キャリブレーターを含むサンプルのシグナル対ノイズ比(S/N)を評価することで実証しました。5 回の個別の分析にわたるこれらの低濃度キャリブレーターについて、S/N 比が 25:1 を超えていました。

抽出血漿中の抗ウイルス薬よび抗炎症薬の最低濃度キャリブレーターのキャリブレーション範囲、平均相関性、平均 S/N (PtP)
表 1. 抽出血漿中の抗ウイルス薬よび抗炎症薬の最低濃度キャリブレーターのキャリブレーション範囲、平均相関性、平均 S/N (PtP)

分析法の総合精度は、連続しない 5 日間にわたって、1 日あたり 3 つの濃度で QC 試料を 5 回繰り返し抽出および定量することによって測定しました(n = 30)。各レベルで QC 試料を 5 回繰り返し分析することによって再現性を評価しました。低、中、高濃度は、ファビピラビル、クロロキン、ヒドロキシクロロキン、デエチルクロロキン、ロピナビル、リトナビルについては 40、400、3000 ng/mL、レムデシビルについては 2、400、3000 ng/mL、GS-441524 については 20、200、1500 ng/mL、デキサメタゾンについては 1、20、200 ng/mL でした。全ての分析種および濃度にわたって QC 精度は 94 ~ 108% の範囲で、総合精度および再現性は 9.1% 以下でした(図 3)。

抽出血漿中の抗ウイルス薬および抗炎症薬についての社内 QC 血漿サンプルの総合精度(a)および再現性(b)
図 3. 抽出血漿中の抗ウイルス薬および抗炎症薬についての社内 QC 血漿サンプルの総合精度(a)および再現性(b)

レムデシビルは室温の血漿中では不安定であることが、以前確認されています2。そのため、血漿サンプル中の分析種の、サンプル保管および前処理の間における、室温条件および凍結/融解を行ったときの安定性を評価しました。室温で 2 時間および 4 時間放置したときの平均安定性、ならびに低濃度および高濃度で凍結/融解サイクルを 3 回行ったとき安定性を表 2 に示しています。

 血漿中の抗ウイルス薬および抗炎症薬の凍結融解(3 サイクル)および室温(2 時間および 4 時間)での安定性
表 2. 血漿中の抗ウイルス薬および抗炎症薬の凍結融解(3 サイクル)および室温(2 時間および 4 時間)での安定性

結果は、レムデシビルが含まれているサンプルは、室温への曝露を最小限に抑える必要があることを示しています。3 回の凍結融解サイクルについての評価では、サンプルは安定していることが示されました。オートサンプラーに取り付けた抽出サンプルの安定性についても調べたところ、サンプルは 8 ℃ で 124 時間保管後も安定であることが示されました。

個々のドナーからの血漿サンプル(BioIVT、n = 6)を使用して分析種のマトリックス効果を調べました。算出したマトリックスファクターを図 4 に示します。分析種対内部標準試料のレスポンス比に基づく標準化したマトリックスファクター計算により、観察されたイオン化抑制が内部標準試料によって補正され、個々のサンプル間でその再現性があることが実証されました。

抽出効率
図 4. 血漿中の抗ウイルス薬および抗炎症薬の抽出効率(a)。血漿中の抗ウイルス薬および抗炎症薬のピーク面積のみ、およびピーク面積/内部標準試料レスポンス比に基づくマトリックスファクターの計算(b)。

3 種の濃度で抽出した血漿サンプルを評価して抽出効率を評価し、スパイク後のブランクの血漿サンプルと比較しました。抽出効率は各分析種について複数の濃度にわたって再現性があり、非極性化合物は回収率が低いことが示されました(図 3b)。

結論

臨床研究を目的とした血漿中の抗ウイルス薬および抗炎症薬の分析のために、ACQUITY UPLC I-Class/Xevo TQ-S micro IVD システムを用いた簡便で迅速な LC-MS/MS 分析法が開発されました。 

この分析法では、血漿中の薬物の抽出にシンプルな除タンパクと CORTECS T3 カラムによるクロマトグラフィーを用い、抽出サンプル中の薬物を選択的かつ迅速に分離できます。再現性の高い抽出効率とマトリックス効果により、優れた分析感度、直線性、精度、確度が得られます。

これらの薬物およびその代謝物が SARS-CoV-2 に及ぼす影響についての臨床研究が現在も進行中です。RNA ポリメラーゼ阻害剤のリン酸化代謝物はここでは評価していませんが、レムデシビルのヌクレオシド三リン酸が末梢血単核球(PBMC)の主要代謝物であることから、さらなる研究対象となる可能性があります3。 リン酸化分子は金属と結合し、このことが LC-MS/MS における堅牢で再現性のある定量にとっての分析上の課題となっています。LC-MS/MS を用いる今後の研究では、キレート化剤や高性能表面(HPS)テクノロジーの使用によって、リン酸化分子の堅牢な定量を提供する上でのギャップを埋める役割を果たす可能性があります。

参考文献

  1. https://www.fda.gov/regulatory-information/search-fda-guidance-documents/bioanalytical-method-validation-guidance-industry.
  2. Avantaneo, V. et al.Development and Validation of a UHPLC-MS/MS Method for Quantification of the Prodrug Remdesivir and Its Metabolite GS-441524: A Tool for Clinical Pharmacokinetics of SARS-CoV-2/COVID-19 and Ebola Virus Disease.J Antimicrob Chemother, 2020, 75(7): 1772–1777.
  3. Warren, T.K.; Jordan, R.; Lo, M.K. et al.Therapeutic Efficacy of the Small Molecule GS-5734 Against Ebola Virus in Rhesus Monkeys.Nature, 2016, 531:381–5.

720006987JA、2020 年 8 月

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