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オイルサプリメント中の脂肪酸のアンビエントイオン化(DART)および質量検出による迅速スクリーニング

オイルサプリメント中の脂肪酸のアンビエントイオン化(DART)および質量検出による迅速スクリーニング
  • Kari L. Organtini
  • Giuseppe Astarita
  • Gareth E. Cleland

  • Waters Corporation

要約

一般的に、脂質中の脂肪酸とフリーの脂肪酸を分析する場合は GC-FID を用いて行われますが、分析の前にサンプルをメチルエステルあるいはエチルエステルに誘導体化する必要があります。誘導体化におよそ 35 分かかり、GC での分析時間は 1 時間近くを要します。

今回のようにフリーの脂肪酸のみをターゲットとする場合の選択肢として、直接分析が可能な DART(Direct Analysis in Real Time)は、数分でサンプルの分析が可能なアンビエントイオン化技術です。DART は、時間のかかる前処理やクロマトグラフィーを必要とせず、迅速分析が行えるメリットがあります。サンプルがスポットされたスクリーンは、加熱イオン化されたヘリウムのビームが順番に通過するように自動で移動します。結果として得られるイオンは、通常 [M+H]+ または [M-H]- です。この DART に ACQUITY QDa 検出器を組み合わせることで、システム全体としても、コンパクトで容易な操作性が維持されます。従って、マススペクトルの情報が必要であれば、DART-MS システムを通常のラボ環境の外で使用することも可能です。

オイルサプリメント中のオメガ 3 およびオメガ 6 高度不飽和脂肪酸の同定および迅速な真正分析のために、シングル MS 検出器と組み合わせた DART の活用と容易な操作性についてご紹介します。

利点

  • 迅速スクリーニング
  • 最小限のサンプル前処理
  • クロマトグラフィーが不要
  • 使い易さ
  • 真正分析
  • サンプルのプロファイリング

はじめに

高度不飽和脂肪酸(PUFA)のオイルは、健康を維持する上で多くのメリットがあることから、栄養補助食品として多数出回っています。オメガ 3 脂肪酸については心疾患のリスク低減や炎症の抑制効果が示されており、一方で、オメガ 6 脂肪酸の過剰摂取は炎症の促進につながるとされてきました。従って、オメガ 3 およびオメガ 6 脂肪酸のバランスをとることが重要になりますが、欧米の食生活ではオメガ 6 脂肪酸が多いことが知られています。このアンバランスが、栄養補助食品としてのオイルサプリメントの摂取を促進しています。

魚油は、オメガ 3 PUFA である EPA(EicosaPentaenoic Acid)および DHA(DocosaHexaenoic Acid)の供給源となっています。それに対して植物由来のオイルは、オメガ 3 PUFA であるα-リノレン酸(ALA)の供給源です。このように、PUFA サプリメントが市場の大きな位置を占めることから、消費者保護の観点からサプリメントの品質や脂肪酸の由来をモニターすることは重要です。

一般的に、脂質中の脂肪酸とフリーの脂肪酸を分析する場合は GC-FID を用いて行われますが、分析の前にサンプルをメチルエステルあるいはエチルエステルに誘導体化する必要があります1。 誘導体化におよそ 35 分かかり、GC での分析時間は 1 時間近くを要します。

今回のようにフリーの脂肪酸のみをターゲットとする場合の選択肢として、直接分析が可能な DART(Direct Analysis in Real Time)は、数分でサンプルの分析が可能なアンビエントイオン化技術です2。 DART は、時間のかかる前処理やクロマトグラフィーを必要とせず、迅速分析が行えるメリットがあります。サンプルがスポットされたスクリーンは、加熱イオン化されたヘリウムのビームが順番に通過するように自動で移動します。結果として得られるイオンは、通常 [M+H]+ または [M-H]- です。この DART に Waters ACQUITY QDa 検出器を組み合わせることで、システム全体としても、コンパクトで容易な操作性が維持されます。従って、マススペクトルの情報が必要であれば、DART-MS システムを通常のラボ環境の外で使用することも可能です。

実験方法

DART 条件

イオン化モード:

-

温度:

200 ℃

サンプリング速度:

0.5 mm/sec

グリッド電圧:

-350 V

MS 条件

イオン化モード:

-

コーン電圧:

15 V

質量範囲:

50~1000 amu、フルスキャンモード

サンプリング:

2 Hz

SIR でモニターしたイオンの m/z は、表 1 に示すプロトン脱離した脂肪酸の [M-H]-

サンプル分析

PUFA 標準混合溶液は Cayman Chemicals から、脂肪酸のサプリメントカプセルは市販品でカプセルあたりのオメガ脂肪酸の量が容器の栄養成分表示から確認できるものを入手しました。標準品およびサプリメントはトルエンで希釈しました。カプセルからオイルを取り出す際は、剃刀の刃でカプセルをカットし、ピペットを用いてカプセル内のオイルをバイアルに移しました。分析の前に、トルエンでサプリメントのオイルを 1:50 に希釈しました。

DART-MS 分析は、QuickStrip カードにサンプルを 5 µL スポットし、分析前に溶媒を蒸発乾燥させてから行いました(図 1)。イオン化に使用するヘリウムのビームは、事前にサンプルの脂肪酸がイオン化する条件を最適化した結果、200 ℃に加熱することとしました。

表 1. ACQUITY QDa 検出器の SIR モードでモニターした質量。 * オイルサプリメントのカプセルに含まれると予想される脂肪酸
図 1.A:12 スポットのサンプル用 QuickStrip カード、B:加熱されたヘリウムのイオン化ビームの位置に自動で移動する QuickStrip カード、C:QDa のイオン源にイオンを引きこむセラミックチューブ(DART イオン源の上部から撮影)。サンプルは QuickStrip カードの白い四角の枠内のメッシュスクリーン上にスポット。

結果および考察

分析法開発

DART による分析のメソッド開発の際に、イオン化効率が温度に依存することを確認しました。長鎖脂肪酸と比べ、短鎖脂肪酸では低いイオン化温度が適していました。今回の検討では、試験を行ったオイルサプリメントに含まれていることが分かっている脂肪酸(m/z 255 ~ 327)のみを対象としたため、DART のメソッドはこの範囲で最適化されました。図 2 のように、イオン化温度 200 ℃の時に、この範囲の混合標準溶液中の脂肪酸のレスポンスが同等となりました。ステアリドン酸は、混合溶液中の他の PUFA と異なり、200 ℃でのイオン化効率が十分ではありませんでした。メソッド開発のために使用された PUFA 標準溶液中にステアリドン酸が含まれていましたが、試験を行ったオイルサプリメントには含まれていませんでした。

図 2.脂肪酸標準溶液のマススペクトル。各スペクトルピークは次のように同定:A. SA; B. ALA および GLA; C. LA; D. EPA; E. AA; F. DGLA; G. DHA; H. DPA; J. アドレン酸。ピーク B はリノレン酸のα及びγ異性体の両方が含まれるため、混合溶液の他の脂肪酸の 2 倍のレスポンスになると予測。

メソッドの再現性

図 3 に示すように、メソッドの再現性についても確認しました。繰り返し再現性の分析用に、脂肪酸の標準混合溶液を 10 回ずつ、QuickStrip カード上にスポットしました。図 3 は、EPA(m/z 301.2)の抽出イオンクロマトグラムを示しています。各ピークは、QuickStrip カード上のスポット 1 点を表しており、ピーク面積による比較を行うために積分しました。メソッドの再現性は、混合溶液に含まれる各脂肪酸の期待値と実測値を表 2 にまとめています。ステアリドン酸を除き、脂肪酸の期待される含有比率と実測した比率がよく一致しました。

図 3. 再現性を確認するために同じ脂肪酸の混合標準溶液を含む QuickStrip のスポットを DART-MS で 10 回繰り返し分析を行った時の EPA の SIR クロマトグラム。
表 2. 脂肪酸の標準溶液に含まれる脂肪酸の期待比率および実測比率(n=10)の比較

オイルサプリメントの分析

魚油、亜麻仁油、サフラワー油のサプリメントを、開発した DART-MS のメソッドを用いて n=3 で分析しました。各オイルサプリメントに含まれる脂肪酸の期待値は、容器の栄養成分表示に基づいています。実測値は、各脂肪酸の SIR で得られたピーク面積から算出し、結果の詳細を表 3 にまとめました。3 種類のオイルサプリメントの結果はいずれも脂肪酸含有比率の期待値とよく一致しており、中でも魚油のサプリメントが最も近い結果でした。これらは市販のサプリメントであり、容器の表示と実測値が異なるということがあってはならない点には、留意すべきです。

表 3. 試験したオイルサプリメントに含まれるオメガ脂肪酸の期待値および実測値(n=3)。期待値は栄養成分表示に基づく。

図 4 には、試験を行ったオイルサプリメントに含まれる脂肪酸のクロマトグラムを示しました。図 3 と同様に、クロマトグラムのピークは QuickStrip カードのスポット 1 点を表しています。カードの最初の 3 点は魚油、次の 3 点がサフラワー油、最後の 3 点が亜麻仁油です。異なる種類のサンプルの間にブランクのスポットを置き、スポット間でキャリーオーバーがないことを確認しました。各クロマトグラムは、異なる脂肪酸ごとの抽出イオンクロマトグラムです。図 4 のクロマトグラムから、それぞれの容器のラベルに記載されている脂肪酸がサンプルに含まれていることがわかりますが、魚油および亜麻仁油の両方に、表示にない脂肪酸が含まれていました。魚油のサンプルにはオレイン酸が認められましたが、サプリメントに含まれているという表示はなく、また魚は通常オメガ 9 脂肪酸の供給源とはなりません。しかしながら成分表示から、サプリメントには鮮度を保つためにトコフェロールを供給するための大豆油が含まれていることがわかりました。大豆はオレイン酸の供給源となることが知られており、従ってサプリメントから検出された可能性が考えられます。また亜麻仁油のサプリメントには DHA の存在が示唆されましたが、オメガ 3 脂肪酸は魚に由来し、植物素材からは得られません。魚油と亜麻仁油の間に分析されたサフラワー油には DHA が含まれないため、キャリーオーバーの可能性も低いと推測されました。DHA が亜麻仁油に由来する可能性が明確でなく、粗悪品あるいは製造工程におけるコンタミネーションの可能性も考えられます。

図 4. オイルサプリメントサンプルを n=3 で分析して得られた抽出イオンクロマトグラム

結論

DART-MS では、分析前にサンプルを希釈するのみの前処理で、PUFA サプリメントの迅速スクリーニングが可能でした。このメソッドを用いることで、最大 12 サンプルが 6 分から 7 分で分析可能でした。また既知の標準溶液を使用することで、DART-MS のメソッドの精度と再現性が高いことが確認できました。

このメソッドは、3 種類の異なるオイルサプリメント(魚油、サフラワー油、亜麻仁油)のラベル表示で公開されている脂肪酸の含有比率を実際に確認する試験に適用できました。3 種類のサプリメントの表示全てが、実測値とよく一致しています。サプリメントの分析によって、亜麻仁油に DHA が存在するという想定していない結果も認められました。

DART および ACQUITY QDa MS 検出システムは、オイルの分析に関して様々に応用できる可能性があります。GC-MS で分析するための時間のかかる前処理を排除することのできる、迅速簡便な技術です。特に DART-MS は、製造中の品質管理のためのモニタリング、あるいは市場に出回っている粗悪品を迅速に識別することのできる技術として、通常の実験室の外でも使用することが可能なシステムです。

参考資料

  1. AOAC Official Method 991.39. Fatty Acids in Encapsulated Fish Oils and Fish Oil Methyl and Ethyl Esters.1995.
  2. Cody RB, Laramee JA, Durst HD.Versatile New Ion Source for the Analysis of Materials in Open Air Under Ambient Conditions.Analytical Chemistry.2005, 77: 2297-2302.

ソリューション提供製品

720005724JA、2016 年 6 月

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