LC/MSでは一般的に、目的成分の溶解性と用いるイオン化法によって、使用する溶媒を選択します。ESIをはじめとする大気圧イオン化では、溶媒の揮発性とプロトン供与体となり得るかどうかが重要な要素です。
そのため、メタノール/水(1:1)や、アセトニトリル/水(1:1)のように、プロトン供与性溶媒であるメタノールや水との混合溶媒が使用されます(水とメタノールを混合すると発熱反応が起こり、純水や100%メタノールよりも粘性が高くなります)。水は比較的揮発性が低いため、100%で使用すると感度が低下することがあります。その場合は、揮発性の有機溶媒を加えて表面張力を押さえる事により、感度向上を図ることができます。また、高いプロトン親和力を持つ界面活性剤を使用すると、霧状になった液滴からのイオン遊離の絶対量は増大しますが、イオン化が競合して目的化合物の感度が低下します。
水とイソプロピルアルコールに10%のDMSOの混合溶液のような非プロトン性溶媒を用いることにより、化合物の溶解性が改善できることがあります。また移動相のpHを下げ、目的物質の塩基性度を相対的に高めてイオン化を促進させるために、0.1%程度の低濃度のギ酸がよく用いられます。しかしながらTFAのような酸は、溶解性の低い化合物には必要な場合がありますが、少量でも感度に影響を及ぼします。
緩衝液や塩類(Na+、K+およびリン酸塩)は揮発性を低下させ、ESIイオン化モードでのイオン化が不十分となるため、感度が低下します。その場合、酢酸アンモニウムのような、表面張力がより低く揮発性のある緩衝液を用いることにより、弱酸-塩基による対を作り、イオン化効率を改善することができます。
溶媒について
イオン化抑制
イオン化抑制は、ESIの使用者が必ず直面する問題の1つです。米国食品医薬品局(US FDA)は、2001年に生体試料分析バリデーションのガイダンス(連邦政府登録、66,100,28526)を発表し、その中で、分析の信頼性を低下させないようにするためには、イオン化抑制について配慮する必要がある、と述べています。そのガイダンスには、イオン化抑制を評価する方法として、いくつかのプロトコールが示されています。その中の1つは、前処理後のサンプルに添加した目的成分と移動相に添加した目的成分の多重反応モニタリング(MRM)取り込みを行い、レスポンス(ピーク面積またはピーク高さ)の比によって評価するものです。移動相中と比較してサンプル中の目的成分のシグナルが低い場合、妨害物質が存在することになります。
C.Malletらは、マトリックス効果がクロマトグラム中のどこで起こるのかを知る方法を、著書の中で述べています。ブランクサンプルの前処理溶液をLCからインジェクションした後、カラムを通して分離します。カラムの出口部分で、目的成分や内部標準の標準溶液を一定の流速で送液するラインと合わせて、MSに導入します。ベースラインの落ち込みが見られた箇所では、妨害物質の影響を受けてイオン化抑制が起こることがわかります。
カラムケミストリ
ハイブリッドカラム充塡剤および直径2μm未満の微粒子の誕生により、LCMS技術に変化が起こりました。ハイブリッド充塡剤を使用することで、イオン化抑制の原因となるような添加剤の使用を削減でき、また充塡剤の選択肢が拡がりました。
UPLC vs. 従来のHPLC
UHPLC(Ultra-high pressure liquid chromatography)は、North Carolina大学J.Jorgenson教授の研究成果によって製品化されたものです。この技術は、通常のLCMS分析で得られる情報量を増大させる可能性を持っています。Watersが製品化したUPLC(Ultra performance Liquid Chromatography)では、HPLCと比較して、ピークキャパシティが増大します。そのため、HPLCでは幅が広く同時に溶出してしまうピークが、UPLCでは分離できます。一般的なピークは濃縮されて2秒以下のシャープなピークとなり、MSのレスポンスが増大するため、S/N比の改善を図ることができます。
従来のHPLC分離のために確立された流速や粒子径などのパラメータ、さらにvan Deemter curveの認識までが、UPLCでは大きく異なります。2000 psi程度であった装置にかかる圧力は20,000 psiまで増大しており、また2μm未満の粒子径は、1969年にKnoxにより「Knox 式」で示された理論上の限界に近づいています。充填剤の機械的強度や熱安定性に対する過信などの問題は、理論との因果関係がわかりにくいものとして、MS側の改良で対処しようとしていました。
線速度によるカラム効率の変化を示すvan Deemterプロット。1.7μmの粒子径の充塡剤が満たされたカラムのパフォーマンスは、流速に左右されにくくなります。
HPLCカラムでは、線速度が遅いとカラム効率も悪くなります。粒子径を小さくすると、線速度が遅い場合でもカラム効率が改善され、また線速度を上げた場合にも、カラム効率の低下が起こりにくくなります。以下に、この新しい分離技術が研究に貢献した例を、HPLCの分離とUPLCの分離を比較してご紹介します。分離の基本原理を見直すことにより分析スピードが最大で4倍改善されただけでなく、分離の向上によりこれまで知られていなかったことが解明されるケースが増えていきます。図中のミダゾラム代謝物の分析では、分離の向上により、位置異性体のグルクロン酸抱合体(m/z =548.125)ピークが検出されるようになりました。
技術の進歩により、新しい事実が判明した例。単一のピークであると考えられていた位置異性体の2本のグルクロン酸抱合体の代謝物のピークがUPLCでは分離されています。 www.waters.com Resource Library を参照してください。
参考文献:
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