質量分析計の出力結果の解釈

マススペクトルは、分析中の時間ごとに特異的に存在するイオンを示すもので、その間は、固体試料がイオン源で溶発するのにかかった時間、または一時的なGCやLCピークの通過を表します。ソフトウェアは複数のイオン源からの情報を取り込むことができ、また代謝物同定のような特殊な試験に対しては、カスタマイズされたものが多くなっています。ソフトウェアは処理能力が速いため、膨大なデータを縮小するだけでなく、人の目では見落とし易い情報に気づかせてくれます。窒素化合物の電子則、ハロゲン化物に特徴的なスペクトル、環構造と二重結合の計算、その他、当たり前の基本的な化学の知識を用いれば、ソフトウェアの不確定要素を減らす助けとなります。しかし、全ての要求に十分に応えられる単一のソフトウェアアプリケーションはありません。従って、実際には使用者の熟練した腕と判断力をどのように生かすかが重要になります。

3つの原子からなる二酸化炭素(44Da)のように、単純な低分子は、マススペクトルも非常に単純です。一酸化炭素の場合には、分子イオンが最も強く、つまり最も多く存在するイオンが表示されます(基準ピークと言われます)。このスペクトル中に見られるフラグメントイオンは、イオン化過程の過剰な内部エネルギーによって生成したもので、CO(m/z =28)およびO(m/z =16)として表されます。分子イオンはスペクトルの中で最も強度が強いとは限りません。例えば、プロパン(44Da)からは、炭素結合の開裂によりメチルおよびエチルのフラグメントが生じ、エチル陽イオン(m/z =29)が最も多くなります。このように、よく知られた作用によって生成したイオンは、炭化水素のスペクトルに対しては、同定の決め手として特に重要です。

 

アイソトープ特性
質量分析計は質量によってイオンを分離するので、十分な分解能のある装置を用いることで同位体が容易に識別できます。ハロゲン化物の例が説明によく使われますが、例えば、自然界の臭素は、原子質量79 Daと81 Daの同位体がおよそ50:50の割合で存在しています。Br2から臭素陽イオンへのフラグメンテーションが起こると、m/z =79と m/z=81の2つの同じ高さのピークが検出されます。

 

偶数電子、奇数電子のイオン
電子は対になって原子の軌道を占有するので、安定した有機化合物のほとんどで全電子数は偶数になります。1つの電子が分子から奪われる場合、全電子数が奇数のラジカルカチオンになります。マススペクトル中の分子イオンは常にラジカルカチオンです(EIで見られます)が、そのフラグメントイオンは、偶数電子のカチオンと奇数電子のラジカルカチオンであり、これは中性の(荷電していない)フラグメントが失う電子によって決まります。最も単純で最も一般的なフラグメンテーションは、中性のラジカル(電子は奇数)を生成する結合の開裂です。偶数の電子を持つ中性のフラグメントから、奇数の電子を持つラジカルカチオンのフラグメントを生成するような開裂はあまり起こりません。

奇数の電子を持つイオンが開裂すると、生成するフラグメントイオンの電子数は、奇数あるいは偶数になりますが、偶数の電子を持つイオンの場合は、偶数のフラグメントのみを生成します。

分子の質量とフラグメントイオンの質量から電子数がわかります。電子数には含まれる窒素原子の数が関係します。

質量 奇数の電子イオン 偶数の電子イオン
偶数 窒素原子なし、または偶数個の窒素原子 奇数個の窒素原子
奇数 奇数の窒素原子 窒素原子なし、または偶数個の窒素原子

 

マススペクトルを解釈するために、整数質量データと精密質量データの2つを考慮する必要があります。どちらの場合でも、保持時間は補足的な情報として役立ちます。精密質量測定は、計算された元素組成に基づいています。正確な同位体パターンから、アルゴリズムを用いて候補となる元素組成を絞る方法が精密質量測定の利用法として開発されたのは、最近のことです。

 

脱離イオン化とソフトイオン化でのスペクトル
retro Diels-Alder反応および、脱離や切断に必要な均一/不均一なエネルギー、あるいは特定のわかりやすいフラグメンテーションを引き起こすような結合が、マススペクトルを理解するためのベースとなります。MSの難しさは、Fred W. McLaffertyに提起された「我々が扱う質量とは何か?」という質問に対する答えの中に表されています。彼は解釈法の理解に大きく貢献しました。

MALDIやエレクトロスプレーのような脱離技術が開発されるまでは、少なくともその質問に答えることは簡単だとされてきました。サンプルを気化してGC/MSの測定ができるようにするためには、サンプルの誘導体化をしなければならないということが非常に多かったのです。そうすると、スペクトルは誘導体化の官能基で埋めつくされ、分子関連イオンはほとんど、あるいは全く示されません。(従ってCIが必要となりました)。この問題は、エレクトロスプレーとAPCIの登場によって解決され、1価の低分子化合物の分子量の同定に役立てられてきました。少なくとも、そのような場合には、MSは1価のイオンとして現れるものとして扱われました。一般的に、化合物の質量は、分子の整数質量と同様に、分子イオンの整数質量(整数m/z値)として報告されます。イオン、分子、ラジカルの整数質量は、分子を構成する元素の整数質量の合計になります。元素の整数質量は、最も多く自然界に存在する安定同位体の整数質量です。

ソフトな脱離イオン化法であるESIが1990年代の初頭に普及すると、答えがより複雑になりました。MSによる「脱離前」の時代、MSで測定された化合物の多くは、整数質量が500 Da未満でした。水素の存在によるマスディフェクトはこれらの化合物にとっては問題にはなりませんでした。多くの質量分析計のm/zの上限は、650-800の範囲に落ち着きました。従って、脱離イオン化の前の時代には、整数質量および整数モノアイソトピック質量は同じ値でした。イオン、分子、ラジカルのモノアイソトピック質量は、組成式の元素のモノアイソトピック質量を足し合わせたものです。元素のモノアイソトピック質量は最も多く自然界に存在する安定同位体の精密質量です。

脱離イオン化の時代の初めには、高分子を高い精度で研究することが技術の進歩によって可能になり、そのような研究が不可欠になりました。そして高分子分析では、マスディフェクトの問題が非常に重要です。最も近い整数の m/z 値のみ出力する質量分析計を使うと、C50H102の分子イオンはモノアイソトピック質量702.7825、四捨五入すると703となるので、m/z = 702の代わりに m/z =703のピークとなるのです。

500 Da以上では、マスディフェクトはMSのピークの m/z を決定する際に重要になります。使用するマスアナライザーのタイプに関わらず、質量分析計がマススペクトルの取り込み中に特定の時間に生じる信号の強さを測定しているということを理解しておくことは重要です。出力された m/z は、特定の化合物から生成した既知の m/z のイオンが検出器に達する時間とキャリブレーションに用いた化合物の到達時間との相対値です。

モノアイソトピックイオンの質量は m/z のスケールを変更することによって変化するので、整数の m/z を出力する質量分析計は、実際には0.05 m/z ごとに測定することができます。検出されたシグナル強度はマススペクトルのピークの頂点、あるいはマススペクトルのピーク全体の強度の合計になります。報告されたm/zは、スペクトルのピーク最大値の m/z を四捨五入することにより得られた整数になります。

電子イオン化法では、m/z のスケールを較正するために、パーフルオロトリブチリルアミン(整数質量671)のようなパーフルオロ化合物を使います。これは、イオンの整数質量がそのモノアイソトピック質量とほぼ同一だからです。イオンが1000 Daの整数質量を超えると、マススペクトルに整数の m/z ピークは観測されません。モノアイソトピック質量のピークは、等量のイオンのマスディフェクトによって整数質量ピークが観察されるべき場所から相殺されます。500 Da以上の質量を持つ1価のイオンについては、m/z のスケール全体でユニットマス分解能のある四重極あるいは四重極イオントラップ質量分析計のエレクトロスプレーのような技術を用いて、同位体ピークが明確に分離できます。

化合物のIDの決定に対する同位体の役割に関する多くの議論のうち、ある意見がLCGC Europeに掲載されました。「低分子のLC-MSの同位体ピークの解釈」(L.M. Hill, LCGC Europe 19(4), 226–238 (2006))は、低分解能のイオントラップの性能に基づきます。そこで著者は、イオントラップを使用する場合の注意点を述べています:「イオントラップユーザーはQTOFまたはタンデム四重極ユーザーより注意深くならなければなりません。コンタミネーションが起こらないように+1の同位体ピークを分離することから始めることが必要です。「イオントラップは、スキャンするより低い分解能でトラップを行う傾向があります。質量の順にトラップを空にします。」 これは、イオントラップが使用する価値がないということではなく、他の多くの装置と同様に、その能力と限界について理解すべきだということなのです。

同様に高い分解能を持つ装置でも、簡単に正しい答えを出せるという訳ではありません。Kind および Fiehnによって、論文中 (T. Kind and O. Fiehn, BMC Bioinformatics 7, 234 (2006)) に示されたあるデータは、160万の化学式検索結果の検討を元にたどり着いた結論です:「高い質量精度(1 ppm)と高分解能だけでは不十分なのです。」「同位体の存在比のパターンフィルターが唯一、分子式候補の数を減らすことができます。」3 ppmの質量精度を持ち、2%の同位体パターン精度を有する質量分析計では、95%以上の誤った候補を除去できます。もしそのような装置が実際に存在すれば、このパフォーマンスは、同位体パターンの識別能を備えていない質量精度0.1 ppmの質量分析計に勝ることになります。

150 Daから900 Daの質量で、同位体存在比の情報を考慮せずに質量精度を10 ppmから0.1 ppmにしてリストされた候補組成式の数は、150 Daで最少の2個の候補とから、900 Daで3447個の候補が挙がりました。上限の質量(900 Da)では、1 ppmの質量精度としても345の候補が挙がります。ところが、2%の精度で同位体存在比を考慮すると、900 Daでの候補の数は18にまで減少します。さらに5 ppmの質量精度に見合う5%の精度で同位体存在比を考慮すると、196の候補が挙がるということもを示されています。

 

MS - The Practical Art LCGC をご参照ください。(www.chromatographyonline.com)

    • Interpretation of Mass Spectra, Part I: Developing Skills, Vol. 24, No. 6, June 2006


    • Interpretation of Mass Spectra, Part II: Tools of the Trade, Vol. 24, No. 8, August 2006
      • 分析者が質量分析計の結果をどのように解釈しているかを調査したものです。


  • Techniques for structure elucidation of unknown: finding substitute active pharmaceutical ingredients in counterfeit medicines, Vol. 25, No. 6, June 2007
    • 正しい答えを導くためにMSがどのような役割を果たせるのかについての実例を示しています。Why this is important: A thorough real world case study illustrating how MS plays a role in deducing the correct answer.

その他の参考文献:

  • Interpretation of Mass Spectra, Fred W. McLaffferty and Franisek Turecek, University Science Books, Sausolito, CA 1993 (4th ed.)
    • 法則を理解し、解釈の仕方を身につけるための教科書Why this is important: The classic text and tables for understanding the rules and approach to interpretation.
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