このアプリケーションノートでは、SYNAPT XS を Waters UNIFI 代謝物構造推定アプリケーションソリューションと組み合わせて使用することで、マウス血漿中のゲフィチニブ(Iressa)の薬物関連代謝物が同定できることを実証しています。
イオンモビリティー機能を搭載した質量分析計による薬物代謝物の高感度で迅速かつ正確な同定
薬物代謝の研究は、創薬および医薬品開発プロセスの重要な部分を占め、望ましくない特徴を持つ分子を初期から排除してより有望な化合物を残すことを可能にします。代謝プロファイリングおよび同定がこのプロセスにおいて重要な役割を果たし、安全性評価モデルによって、十分な全身暴露ができ、ヒトを対象とした調査投与ができるようになります。質量分析法(MS)、特に高分解能 MS(HRMS)は、薬物代謝のプロファイリングおよび同定のための最適のプラットホームとなっています1。 一方、ハイスループットな代謝物構造推定には、代謝物の共溶出、内因性妨害物質、代謝部位の特定、官能基化や結合の確認など、複数の課題が残っています。
イオンモビリティー(IM)機能を搭載した MS は、HRMS の力と気相イオンモビリティー分離の分解能を組み合わせています。これにより、共溶出代謝物やその他の化合物(内因性または外因性)を分離でき、より鮮明なスペクトルが得られ、プロダクトイオンの由来分子についての信頼性が高まります。最近では、気相の衝突断面積(CCS)値の正確な測定機能と予測機能により、正確な構造推定および代謝部位の特定においても信頼性が向上しました。
SYNAPT XS 高分解能質量分析計は、ウォーターズのイオンモビリティー搭載 QTof 質量分析計の HRMS の製品ラインナップに加わった最新製品です。SYNAPT XS 高分解能システムは、StepWave XS を搭載しており、分析感度とイオン輸送効率の向上とともに、飛行チューブを長くすることで分解能を改善しています。ここでは、SYNAPT XS を Waters UNIFI 代謝物構造推定アプリケーションソリューションと組み合わせて使用することで、マウス血漿中のゲフィチニブ(Iressa)の薬物関連代謝物が同定できることを実証しています。
ゲフィチニブは、上皮成長因子受容体(EGFR、HER1)チロシンキナーゼの選択的阻害薬(経口薬)であり、非小細胞肺がんの治療薬として使用されています(商品名 Iressa で販売)2-4。 これまでの研究により、ゲフィチニブは初回通過代謝を大きく受けて、様々な代謝物が生じることが明らかになっています2,3。 従来のクロマトグラフィー分析法では、信頼性の高い薬物代謝物構造推定を行うのに必要な品質の MS および MS-MS スペクトルを得るために 15 分から 45 分かかっていました。このスループットは、現在の創薬環境に対応しているとは言えません。スループットの課題に対処するため、グラジエント溶出を使用した逆相 UPLC-IMS/MS を用いて、全体の分析時間を 5 分に短縮することができました。代謝物構造推定の後、イオンモビリティーシステムにより生成した CCS 値を予測アルゴリズムと組み合わせて使用し、代謝のアイデンティティーと部位を確認しました。
ゲフィチニブ 10 mg/Kg および 50 mg/Kg をそれぞれマウスに静脈内投与(IV)および経口投与(PO)しました。マウスの血液サンプルは、24 時間にわたる尾出血により採取しました。2 ~ 6 時間のタイムポイントのサンプルをプールして、分析用サンプルとしました。マウス血漿サンプルは、0.1% ギ酸を含む 3 倍量のメタノールで除タンパクして調製しました。サンプル‐メタノール溶液はボルテックス混合し、25000 g で 5 分間遠心分離しました。50:50 のメタノール:水 490 µL を加えて、得られた上清を 10 µL から 500 µL に希釈しました。
LC 条件: |
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LC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class |
カラム: |
2.1 × 100 mm BEH C18 1.7 mm |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
4 ℃ |
サンプル注入量: |
2 mL |
流速: |
650 mL/分 |
移動相 A: |
0.1% ギ酸水溶液+10 mM 酢酸アンモニウム |
移動相 B: |
0.1% ギ酸アセトニトリル溶液 |
グラジエント: |
2.9 分間で 5% ~ 50% B の線形グラジエントその後 95% B で1.5 分間フラッシュ |
MS システム: |
SYNAPT XS 高分解能質量分析計 |
測定モード: |
分解能 |
イオン化モード: |
ESI+ |
フルスキャン MS: |
50~1200 m/z |
スキャン時間: |
0.3 秒 |
取り込みモード: |
HDMSE |
キャピラリー電圧: |
3.0 kV |
コリジョンエネルギー(LE): |
4 eV |
コリジョンエネルギーランプ(HE): |
20 ~ 40 eV |
IM ドリフトガス: |
窒素 |
IM 波高: |
40 V |
IM 波速: |
650 m/秒 |
MS ソフトウェア: |
MassLynx v4.2 |
インフォマティクス: |
UNIFI 1.9.4 科学情報システム |
上述したように、ゲフィチニブを投与したマウスの血漿サンプルについて薬物関連代謝物検出および更なる特性解析を行うため、SYNAPT XS 高分解能質量分析計を使用して、5 分間の LC-HDMSE 分析法を実施しました。得られたデータを UNIFI 科学情報システムに転送し、代謝物構造推定ワークフローを用いてデータ解析を行いました。ゲフィチニブは保持時間 1.88 分で溶出し、1.72 分から 2.51 分の間に溶出した合計 10 種の薬物関連代謝物が同定されました(図 1)。短い分析時間にもかかわらず、この分析法で全体的に十分な特異性と選択性が得られ、大半の代謝物を検出および分離することができました。
代謝物構造推定における最大の課題(特に自動化ソフトウェアによる分析で)は、「鮮明な」 MS スペクトルを得て解釈を行う点にあります。イオンモビリティーにより、分子イオンのサイズ、形状、電荷に基づいて、LC-MS プロセスによる新たな相補的次元の分離が可能になります。この分離はイオンドリフト時間(ms 単位)として記録されてデータ表示のフィルターの作成に使用され、クロマトグラフィー上で共溶出しているが、ドリフト時間が異なるイオンが除去されます。図 2 には、O-デスメチル代謝物(M523595)の分析のスペクトルの品質改善の一例が示されています。この例では、イオンモビリティーによりドリフト時間が一致したプリカーサーが生成しており、IMS を用いない MS および MS-MS データに大量に存在する薬物と関係のない内因性ピークのためにドリフト時間が一致しないデータよりも、プロダクトイオン MS スペクトルがはるかに鮮明になっています。薬物代謝物に関連する m/z 346.0738 のピークは IMS を用いないデータでは表示されません。一方、IMS でドリフト時間が一致したデータではこのピークを容易に観察することができます。このスペクトル品質の改善により、手動およびソフトウェアによる代謝物構造推定が簡素化し、加速します。
ゲフィチニブの分子式は C22H24ClFN4O3 で、モノアイソトピック分子量は 446.1521 Da です。プリカーサーイオンは特徴的な塩素の同位体パターンを示しています(ベースピークの m/z 値は 447.1598、質量誤差 0.2 ppm)。2 つの主なプロダクトイオンはm/z 320.0597 および 128.1078 で観察されました。この情報および官能基化と結合の一般的な代謝経路を用い、ゲフィチニブの代謝物を検出および同定しました。得られた LC-MS データは、UNIFI 科学情報システムに転送し、代謝物構造推定ワークフローで分析しました。ソフトウェアの詳細な説明は、https://www.waters.com/webassets/cms/library/docs/720006106en.pdf を参照してください。まとめると、プリカーサーおよびプロダクトイオンの m/z と、単一塩素の同位体分布パターンにより、代謝物が同定されました。ゲフィチニブはシトクロム P450 3A4 により代謝され、主な代謝経路は、モルホリン環の酸化とキナゾリン核のメトキシ置換基の O-脱メチル化によるものです2。 主な代謝物として 1.76 分に溶出する O-デスメチル代謝物(M523595)が同定され、次に含有量が多いのはカルボニル代謝物(M605211)でした。M605211 のプリカーサーイオンの m/z は 461.1388(質量誤差 <1 ppm)で、代表的な単一塩素の同位体分布パターンであると判定されました。m/z 320.0588(C15H12ClFN3O2、誤差 0.9mDa)、m/z 142.861(C7H12NO2、誤差 0.1mDa)、m/z 86.0595(C4H8NO、誤差 0.5mDA)の 3 つの主なプロダクトイオンが検出されました。図 3 は、UNIFI ソフトウェアを使用した M605211 の構造解析を示しています。SYNAPT XS システムにより、質量精度が高く、高品質な MS および MS/MS スペクトルを得ることができ、信頼性の高い代謝物構造推定が実現できました。
イオンモビリティーを用いた MS により、新たな次元の分離が得られるだけでなく、衝突断面積(CCS)の正確な測定が可能になります。CCS により、保持時間や精密質量などの新たな同定要素が得られ、化合物の特性解析が行えます。CCS の計算および予測は進歩を遂げており、構造推定の支援に使用できる CCS 値の正確で迅速な予測が可能になりました5,6。この研究における CCS 予測を評価するために、以前に報告されている機械学習アプローチを用いて、ゲフィチニブの代謝物の CCS 値を計算し、測定値を比較しました6。 結果として得られたデータを、図 5 および 表 1 に示しています。結果から分かるように、ゲフィチニブの代謝物の CCS の予測値と測定値の間に高い相関性が見られ、平均絶対誤差(MAE)は 1.8% でした。CCS 予測の使用は、IM 実験の構造解析支援における研究領域として注目を集めています。
SYNAPT XS システムは、高分離能、高感度のイオンモビリティー機能を搭載した質量分析計であり、UNIFI 科学情報システムと組み合わせて代謝物構造推定ワークフローを使用することで、迅速な代謝物構造推定が可能になり、創薬支援に最適です。イオンモビリティー MS を使用することにより、IMS セルの相補的な分離能を活用して、近接して溶出する代謝物や内因性の成分または異性体が分離でき、より鮮明な MS および MS/MS スペクトルが得られて、信頼性の高い代謝物構造推定が容易に行えます。また、イオンモビリティー機能を搭載した HRMS により、分子固有の衝突断面積のデータが判定できるため、機械学習予測ソフトウェアとともに、代謝物の構造割り当ての確認に使用することができます。
720006908JA、2020 年 6 月