研究目的のみに使用してください。診断用には使用できません。
高度にグリコシル化された SARS-CoV-2 スパイクタンパク質は、新型コロナウイルス感染症の感染性に関与しているため、ワクチンおよび免疫療法の開発の指標としてキャプシドスパイクタンパク質のグリコシル化パターンの特性解析に向けて、多くの取り組みが行われています。ここでは、新しい SELECT SERIES Cyclic IMS の独特の構成を利用して、糖鎖構造、およびスパイクタンパク質のフーリンプロテアーゼ切断部位付近に見られる O 型糖ペプチドの特性解析を行います。フーリンによる切断により、スパイクタンパク質の融合部位の配列が露出し、細胞の侵入に必要と考えられる S1 および S2 サブユニットの分離が発生します。さらに、α2-3 および α2-6 のシアル酸結合を持つ伸展したコア 1 型とコア 2 型の構造が同定されました。グリコシル化によって基質の認識が変わることが示されており、コア 2 と伸展したコア 1 構造の比率が新型コロナウイルスの病原性に影響を及ぼす可能性があります。
SELECT SERIES Cyclic IMS の独特の設計により、SARS-CoV-2 のスパイクタンパク質から得られる低レベルの O 型糖ペプチドの糖鎖構造について、部位特異的かつ結合特異的な特性解析を行うことができます。トラップフラグメンテーションを使用して O 型糖鎖の部分からオキソニウムイオンフラグメントを遊離させ、高分解能イオンモビリティーを使用してフラグメントイオンを分離および分析します。
SARS-CoV-2 コロナウイルスが原因で発生した最近の新型コロナウイルス感染症パンデミックのアウトブレイクにより、現在までに数百万人が罹患し、世界の死者数は 200 万人を超えています1。このウイルスは比較的新しいことから、科学コミュニティは、有効なワクチンと免疫療法の開発を支援するため、ウイルスの生物物理学的特性の迅速な特性解析と知見の集積に取り組んできました。SARS-CoV-2 のウイルス粒子は、突起状の膜貫通型スパイクタンパク質で、宿主細胞の ACE2(アンジオテンシン変換酵素 2)受容体に結合することで、細胞に侵入します2。 SARS-CoV-2 コロナウイルスのスパイクタンパク質は、2 つの高度にグリコシル化されたサブユニット S1 と S2 で構成されるホモ三量体のクラス I 融合タンパク質です3,4。 インフルエンザなどの既知のウイルス性病原体のこれまでの研究では、外部被覆の糖鎖組成が、特に免疫認識部位の立体障害によって、免疫の回避に重要な役割を果たすことが明らかになっています5-7。
SARS-CoV-2 病原体の特性解析の取り組みには、コロナウイルスのスパイクタンパク質のグリコシル化に関する包括的な研究が含まれています。これまで、これらの研究により、利用できる 22 箇所の N 型グリコシル化部位のうち 14 の部位がコンセンサス結合しており、残りの 7 部位が相反結合していることが示されています8-16。 さらに、Shajahan らは、S1 ドメインに 3 つの O 型グリコシル化部位があることを示す証拠を示しており、そのうちの 1 つが Sanda らによって確認されました10,11。Andersen らは、SARS-COV のスパイクタンパク質のシーケンス解析の結果、S1 サブユニットと S2 サブユニットに隣接するリンカー領域に、タンパク質活性化に不可欠なフーリン切断部位が存在することを予測しました2。フーリン切断部位を含むこの領域には、さらに最大 3 箇所の O 型グリコシル化部位の存在が予測されましたが、この機能は感染性と伝染性に関連していると推測されています2。 O 型糖鎖の特性解析は、コンセンサス配列がない、グリコフォーム間の不均一性が大きい、相対存在量が低いなど、複数の理由から、非常に困難であることが知られています。そのため、これらの種類の分析種の特性解析には、高速クロマトグラフィーおよび高分解能で高感度の質量分析が必要になります。Waters SYNAPT プラットホームを用いた以前の研究では、分岐型および線状グリカン構造の異性体グリカンを分離し、α2-3 および α2-6 結合の異性体をグリカン標準品から分離する能力が示されています12–16。SELECT SERIES Cyclic IMS による MS/MS フラグメンテーションにより、塩基性アミノ酸が多いフーリン切断部位の前にあるリンカー領域に沿った O 型グリコシル化の明確なエビデンスが得られ、サイクリックイオンモビリティーを使用することで、O 型糖鎖構造を部位特異的に分離し、特性解析を行うことができます。このユニークな実験によって得られたスケーラブルな分離能は、コア 1、伸展コア 1、およびコア 2 構造の混在のエビデンスを提供し、NeuAcα2-3Galβ1-3 GalNAc および NeuAcα2-6Galβ1-4GlcNAc、非常に類似した衝突断面積を持つ異性体の分離を達成しています。
組換え SARS-CoV-2 スパイクタンパク質は、HEK 293 細胞中で発現したもので、Acrobiosystems から入手しました。スパイクタンパク質中のジスルフィド結合を DTT により還元し、ヨードアセトアミドを用いてシステイン残基をアルキル化してから PNGaseF およびトリプシンによる消化を行いました。
クロマトグラフィーおよび質量分析の一般的な条件を表 1、2、3 に記載しています。サイクリックデバイスを 5 回周回させる Cyclic IMS 分析法は、ヘモペキシンからの O 型糖ペプチドを用いて、三糖および二糖のフラグメント用に事前に最適化されています。SARS-CoV-2 スパイクタンパク質由来の O 型糖ペプチドは、SELECT SERIES Cyclic IMS のトラップ領域で衝突活性化する前に四重極で分離されています(図 1 を参照)。糖ペプチドのフラグメントは、サイクリックイオンモビリティーセルを使用して分離しました。三糖のフラグメントが、放出および検出の前に 5 回デバイスを周回するように、分析法を最適化しました。
LC システム: |
ACQUITY UPLC M-Class |
検出: |
SELECT SERIES Cyclic IMS |
バイアル: |
QuanRecovery |
カラム: |
nanoEase M/Z HSS T3 100 Å、1.8 µm(75 µm × 15 cm)、製品番号:186008816 nanoEase M/Z Symmetry C18 100 Å、5 µm(180 µm × 20 mm)トラップ、製品番号: 186008821 |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
8 ℃ |
サンプル注入量: |
1 ~ 5 μL |
流速: |
500 nL/分 |
移動相 A: |
水、0.1% FA、1 ppm クエン酸 |
移動相 B: |
ACN、0.1% FA、1 ppm クエン酸 |
MS システム: |
Cyclic IMS |
イオン化モード: |
ESI+ |
取り込み範囲: |
m/z 50 ~ 2000 |
キャピラリー電圧: |
2.8 kV |
コリジョンエネルギー: |
30 V ~ 70 V |
コーン電圧: |
20 V |
周回数: |
5 |
レーストラックの TW 高さ: |
22 V |
レーストラックの TW 速度: |
375 m/秒 |
IMS シーケンス: |
注入、分離、放出、および取り込み |
IMS のサイクル時間: |
100 ms |
クロマトグラフィーソフトウェア: |
MassLynx SCN1016 Release 3 |
MS ソフトウェア: |
Cyclic IMS Release 4 用 Waters 内蔵アナライザープラットホーム |
インフォマティクス: |
DriftScope 2.9、Cyclic IMS 用に修正済み |
イオンモビリティーセルの前のトラップ領域でのフラグメンテーションを通じて、ペプチドフラグメントおよびオキソニウムフラグメントを生成し、T56 と名付けたトリプシンペプチド(AGC(カルバミドメチル)LIGAEHVDNSYEC(カルバミドメチル)DIPIGAGIC(カルバミドメチル)ASYQTQTNSPR)について観測された O 型グリコフォームについて、ターゲットイオンモビリティー MS/MS 実験を行いました。サイクリックイオンモビリティー(cIM)装置のスケールアップ可能な分解能を、衝突活性化による遊離後の糖鎖構造異性体の分離に活用しました。三糖のフラグメントについて、サイクリックデバイスを 1 回および 5 回周回させる 2 つの方法が以前開発されており、この 2 つの方法を使用して、HexNAc-Hex および HexNAc-Hex-NeuAc オキソニウムイオンフラグメントの異性体である T56-HexNAc(1)-Hex(1)-NeuAc(1)、T56-HexNAc(1)-Hex(1)-NeuAc(2)、T56-HexNAc(2)-Hex(1)-NeuAc(1)、T56-HexNAc(2)-Hex(2)-NeuAc(1)、および T56-HexNAc(2)-Hex(2)-NeuAc(2) を分離しました。これらのペプチドは、表 1 に糖ペプチド A ~ D として記載しています。
フラグメントとして三価に荷電した未修飾 T56 ペプチドを表すクロマトグラフィーピークを、DriftScope 2.9 で波形解析し、モビリティー情報を抽出しました。一般的に、各グリコフォームについて 2 ~ 4 本のクロマトグラフィーピークが観察され、一部の不均一性の原因となる異性体を逆相クロマトグラフィーで分離できることが示されました。衝突で誘発された糖ペプチド T56 のフラグメンテーションでは、一般的にはペプチドフラグメント、オキソニウムフラグメント、ペプチド + 糖鎖のフラグメントの混合物が生成されました。図 2 は、A)糖ペプチド A および B)糖ペプチド C の MS/MS スペクトルを示し、大きいオキソニウムイオンフラグメントの収量が高いこと(特に糖ペプチド C)を示しています。HexNAc(2)-Hex(2)-NeuAc(1) オキソニウムイオンフラグメントが m/z 1022 に見られたことにより、三糖成分と二糖成分がそれぞれ 2 つの異なる部位に存在するのではなく、単一の五糖型が存在することが確証されています。m/z 528 および 819 の オキソニウムイオンにより、伸展コア 1 構造の存在が確証されています。
HexNAc-Hex-NeuAc オキソニウムイオンについて、単一周回および複数回周回(5 サイクル)のイオンモビリティー実験を実施しました。異なるコリジョンエネルギーを使用して、糖ペプチド C について得られた到着時間分布を図(3B-D)に示します。単一周回のサイクリック IM を使用すると、2 種類のモビリティーの集団が存在することが明らかです。5 回周回を使用すると、小さい方の分子種集団がさらに 2 つの部分的に分解された異性体に分離されます。1 回周回の場合の衝突断面積を、主要混合 IMS キャリブレーション標準品を基準にして計算しました。1 回周回で観測された 2 つの到着時間分布の衝突断面積の計算値は、それぞれ 234.1 Å2 と 245.4 Å2 です。Guttman らが以前、NeuAcα2-6Galβ1-4GlcNAc および NeuAcα2-3Galβ1-4GlcNAc の CCS 値を測定したところ、それぞれ 236.9 Å2 および 247.2 Å2 でした12。最も伸展した異性体 HexNAc-Hex-NeuAc は NeuAcα2-3Galβ1-4GlcNAc と良く一致します。サイクリックモビリティーデバイスを 5 回周回させると、234.1 Å2に観測された単一のモビリティーピーク が 2 つのサブ構造に分解されました。以前の研究では、α2–6 シアル酸結合は α2–3 結合より安定であることが示されています。そこで、コリジョンエネルギーを変更した実験を図 3 (B ~ D)に示します17。コリジョンエネルギーを高くしことにより、5 回周回で分離できる 3 つの異性体のうちで最も小さい異性体の相対的な存在量が増加します。コア 1 型構造(NeuAcα2-3Galβ1-3GalNAc)は、O 型糖ペプチドで最も一般的に見られる構造です。したがって、5 回周回分離における小型の異性体のうち、より伸展して安定性の低い異性体は、NeuAcα2-3Galβ1-3GalNAc の 1 型コア構造と一致しています。より小型で安定性の低い異性体は、NeuAcα2-6Galβ1-4GlcNAc に割り当てられていますが、これはコア 2 構造のフラグメンテーションから予測されうるものです。
残りの糖ペプチドからの m/z 657 の(HexNAc-Hex-NeuAc)オキソニウムイオンに 5 回周回のサイクリックイオンモビリティーを適用した結果を図 4 に示します。図 3 から分かるように、HexNAc 残基(C および D)を含む 2 つの糖ペプチドが、類似のイオンモビリティー到着時間分布(ATD)を示しており、伸展コア 1 構造とコア 2 構造の混合物であることを示しています。単一の HexNAc、Hex、および NeuAc の各残基を含む最も単純な糖ペプチド(A)は、単一のモビリティー分布を 73.8 ms に示しました。この分子は、T56-HexNAc(2)-Hex(2)-NeuAc(1) の NeuAcα2-3Galβ1-3GalNAc に割り当てられ、既知の糖ペプチドと一致しています。対照的に、T56-HexNAc(1)-Hex(1)-NeuAc(2) 糖ペプチドからの m/z 657 のオキソニウムイオンの分離により、68.7 ms と 70.4 ms の追加の 2 つのモビリティーピークが生じました。これらは、GalNAc に NeuAc 残基が 2-3 結合または 2-6 結合により結合した分岐構造である可能性があります。これらのピークは糖ペプチド D では見られなかったことから、コアの GalNAc 残基のシアリル化(図 4B)は T56 糖ペプチドではまれであり、単純なコア 1 構造にのみ生じることが示唆されます。
SELECT SERIES Cyclic IMS を用いて、SARS-CoV-2 スパイクタンパク質の O 型糖ペプチドのオキソニウムイオンフラグメントが分離できることが実証されました。これにより、糖ペプチド糖構造に関する部位特異的かつ結合特異的な情報が得られます。Cyclic IMS 装置の高感度でスケールアップ可能なイオンモビリティー分離能と、独特の形状により、低レベルの O 型糖ペプチドのターゲット CID-cIM-MS 実験が可能になり、高度に不均一なタンパク質の部位特異的な構造特性解析が可能になります。この戦略により、SARS-CoV-2 ウイルスの特性解析および究明を進め、最終的なターゲッティングとするための、現在進行中のグローバルな取り組みにおいて、より詳しい情報が得られるようになります。
720007081JA、2020 年 11 月